私たちの社会は「規格」によって支えられています。もし規格がなかったらどうなるでしょうか。メーカーごとに充電器の形が違って海外旅行で使えなかったり、ネジの大きさが合わず部品を交換できなかったり、「1キログラム」の基準がバラバラで売り買いのたびにもめたりするかもしれません。品質・安全・環境・測定など、さまざまな分野の「規格」が、ビジネスや暮らしのあらゆる場面に入り込んでいます。本稿では、「規格」と、それを支える「計測」の仕組みを、利点だけでなく限界も含めて解説します。
シリーズについて
本サイトのメインテーマは「暮らしの背後にある仕組みを読み解く」こと。中学・高校理科の知識をベースに、特定の専門に偏らず、物事の骨子を見抜く力を養います。記事は「歴史的背景」「科学的原理」「フィールド(実社会での応用)」の3層構造で構成しています。「なぜそうなったか」「どんな仕組みか」「現実で何が見えるか」。この3視点を揃えることで、断片的な知識を「線や面」へとつなげ、社会を生き抜くための判断の源泉を提供します。
世界から「規格」が消えたら
明治時代の日本には、国全体で統一された規格がありませんでした。機械や部品の寸法は、輸入元の国(イギリス、アメリカ、ドイツなど)や作る工場ごとにまちまちで、ネジ一つとっても互換性が乏しい状態でした。工業が発展して軍需品や機械の生産が増えるにつれ、「部品が合わない」「品質にばらつきがある」といった問題が目立つようになり、国としての規格づくりが必要だと考えられるようになりました。
そこで大正から昭和初期にかけて、日本初の本格的な国家規格のひとつである「JES(日本標準規格)」がつくられました。戦後には、産業の復興と日本製品の信頼回復を目的に、現在のJIS(日本産業規格)が整えられていきます。
では、規格がすべてなくなったら、どうなるでしょうか。電源プラグの形がメーカーごとに違えば、家電を買い替えるたびに困ります。スマートフォンの充電ケーブルが機種ごとに違えば、家族でも貸し借りができません。規格は、こうした日常の「ちょっとした不便」を減らし、知らない相手とも安心して取引できる土台をつくってくれています。
規格は「決められたもの」だけではない
規格には、みんなで話し合って正式に決めるものと、広く使われた結果「事実上の標準」になるものがあります。パソコンのキーボードの文字配列(QWERTY配列)は後者の代表例です。PDFも、もとは一企業が作った形式が広まったものでした。
それでも、ISOやJISのように公開の手続きで決める規格には意味があります。特定の企業の都合に左右されにくく、中身を誰でも確認できるからです。特に安全や計量のように、社会への影響が大きい分野では、決め方そのものが信頼につながります。なお、JISなどの規格は、守るかどうかが基本的に任意です。法律が「この規格に従うこと」と定めたときに、はじめて義務になります。
日本産業規格(JIS)とは
JIS(Japanese Industrial Standards)は、日本の国家規格です。1949年にできた工業標準化法(現在は産業標準化法)に基づき、製品やサービスの基準を定めています。ネジの寸法や、非常口マークの図柄など、身近なものも数多く含まれます。JISの認証を受けた製品には「JISマーク」を付けることができ、消費者や取引先が品質を判断するときの目安になります。
2019年7月には、法律名が「工業標準化法」から「産業標準化法」へ、規格名も「日本工業規格」から「日本産業規格」へと変わりました。もともとJISは機械・金属・化学などの「モノ」が中心でしたが、時代とともに情報技術や環境、医療機器、さらにはサービスやデータ、経営の進め方といった分野にも対象が広がったためです。
国際標準化機構(ISO)
ISOは、1947年に設立された国際的な標準化の組織で、世界の多くの国の標準化機関が参加しています。これまでに2万件を超える国際規格を発行しており、国境を越えた取引を円滑にし、安全や品質の共通の基盤をつくることを目的としています。
日本は1952年にISOに加盟しました。当初は、日本の実情に合わせたJISづくりが中心でしたが、1995年に世界貿易機関(WTO)が発足し、国ごとの規格の違いが貿易の妨げにならないようにするルール(TBT協定)ができたことをきっかけに、国際規格に合わせてJISをつくる方針へと変わっていきました。現在は、対応する国際規格がある分野では、JISを国際規格と整合させることが基本です。
ここでは、特によく知られた二つの規格を紹介します。
ISO 9001(品質マネジメント)
1987年に初版が発行されたISO 9001は、「品質をきちんと管理する仕組み」をつくるための規格です。製品の出来栄えを直接決めるのではなく、「どう作り、どう確認し、問題があればどう直すか」という仕事の進め方を整えることに主眼があります。
基本の考え方は、計画(Plan)、実行(Do)、確認(Check)、改善(Act)を繰り返すPDCAサイクルです。これを会社の仕事に組み込むことで、「たまたまうまくいった」ではなく、「いつも同じ水準でできる」状態を目指します。
ISO 14001(環境マネジメント)
1996年に発行されたISO 14001は、会社や組織が環境への影響を管理するための規格です。法令を守ること、環境へのリスクを把握すること、改善を続けることを仕組みとして定め、CO2や廃棄物を減らす取り組みを支えます。
注意したいのは、ISO 9001や14001の認証は、「この会社の製品は高品質だ」「この会社は環境に優しい」と保証するものではない、という点です。認証が確かめているのは、「品質や環境を管理する仕組みが、規格に沿って動いているか」です。仕組みがあっても、守られなければ問題は起こります。認証は、会社を見るときの手がかりのひとつであって、結果の保証書ではありません。
トレーサビリティとは
どれほど気をつけても、製品の事故や不良品をゼロにすることはできません。そこで大切になるのが、問題が起きたときに「何が、どこで起きたのか」をたどれるようにしておく仕組み、トレーサビリティ(追跡可能性)です。
原材料の受け入れ、製造、検査、輸送といった各段階の記録を残しておけば、問題が見つかったときに、原因を調べたり、影響が及ぶ範囲を絞り込んだりしやすくなります。
食品の例では、BSE(牛海綿状脳症)問題をきっかけに、2003年に牛トレーサビリティ法ができました。国内の牛には個体識別番号がつけられ、生まれてから店頭に並ぶまでの情報が記録されています。
自動車では、部品を同じ条件で作った「ロット」という単位などで、どの部品がどの車に使われたかが管理されています。部品に欠陥が見つかったとき、回収(リコール)の対象を絞り込む助けになります。ただし、記録の細かさは部品によって違い、原因がはっきりしないときは、安全を優先して対象を広めに設定することもあります。
こうした記録の管理を、会社の仕組みとして支えるのが、ISO 9001などの規格です。ISO 9001は、必要な場合に製品を識別して記録を残すことや、記録を適切に管理することを求めています。ただし、食品や自動車での追跡の細かい決まりは、個別の法律や業界のルール、各社の運用によって決まっています。ISO 9001は、その土台となる「記録を残して活かす」という考え方を示しているのです。
計測の土台:もう一つのトレーサビリティ
規格が「形や手順を揃えるもの」なら、計量の仕組みは「物差しを揃えるもの」です。スーパーのはかりやガソリンスタンドの給油機のように、売り買いに使う計器は、計量法にもとづく検査を受けています。そうでなければ、「その1キログラムは本当に1キログラムか」を誰も確かめられません。
ここにも「トレーサビリティ」という言葉が使われます。意味は少し違い、「その計器の測定結果が、より正確な基準との比較(校正)を順番にたどっていくと、国の基準、そして国際単位系(SI)にたどり着ける」ということです。校正とは、計器のズレを、より正確な基準と比べて確かめ、合わせる作業のことです。
たとえば、工場の計器は標準器で校正され、その標準器はさらに上位の基準で校正され、最後は産総研(NMIJ)などが維持する国の計量標準につながります。各国の国家計量標準は、メートル条約にもとづく国際的な枠組みで互いに比べられているため、国が違っても測定結果を信頼しあえます。
単位の定義も進化しています。2019年には、キログラムの定義が、長年使われてきた「国際キログラム原器」から、物理定数にもとづくものに改められました。
規格が企業と社会にもたらした影響
規格のいちばん大きな効果のひとつは、国をまたぐ取引がしやすくなることです。国ごとに製品のルールが違うと、関税とは別に、輸出する側が仕様を作り直す手間と費用がかかります。これは「非関税障壁」と呼ばれます。国際規格に沿っていれば、同じ製品を複数の国で売りやすくなります。
先ほど触れたTBT協定は、各国が自国の強制的な基準をつくるとき、適切な国際規格があればそれを基礎にするよう求めています(国の事情で合わない場合などの例外はあります)。
身近な例が、スマートフォンなどの充電端子です。USB-Cは業界団体がつくった規格ですが、EU(欧州連合)が対象の機器に共通の端子としてUSB-Cを義務づけたことで、普及が後押しされました。規格の広がりに、法律が影響を与えた例です。
企業にとっては、国際規格への対応が「信頼の目印」になることもあります。取引先を選ぶときに、ISOなどの認証の有無が参考にされる場合があります。大企業だけでなく、中小企業が管理体制を客観的に示す手段としても使われています。
仕事のやり方を揃え、技術を引き継ぐ
社内でも、規格は役に立ちます。ISOのようなマネジメントの規格を使うと、「あの人にしかできない仕事」だった作業の手順が文書として整理され、担当が変わっても同じ水準で進めやすくなります。仕事の内容や必要な能力が明確になるので、新しい人への教育や、ベテランの技術の引き継ぎもしやすくなります。
規格の限界とコスト
ここまで利点を見てきましたが、規格や認証には弱点もあります。まず、認証を受けるには審査の費用や書類づくりが必要で、人手の少ない会社には重い負担になることがあります。また、認証を保つこと自体が目的になると、書類は整っているのに現場は変わらない、という「形だけ」の状態に陥ることもあります。さらに、一度広まった規格は、もっと良い方法が出てきても切り替えにくくなります。国ごとに規格が違えば、外国の製品が入りにくくなる貿易の壁にもなります。こうした問題を減らすために、国際規格に合わせる動きが進んできました。
大切なのは、「規格があるから安心」と考えることではなく、その規格や認証が何を保証し、何を保証しないのかを知って付き合うことです。
編集後記
「標準規格」という概念の重要性は、環境計量士の勉強を通じて痛感しました。標準規格や標準化の恩恵は、あまりにも「当たり前」なので、普段の生活で意識されることはほとんどありません。特に、計量法が社会の公正さを支えていること、私たちが何気なく目にする「はかり」にも校正という維持の作業が欠かせないことは、新鮮な学びでした。
工場に勤めていたころ、私は計量事務所が発行する証明書を受け取り、定期的に来る計量士の校正作業を、顧客の立場で見ていました。計量事務所で働いた経験はありませんが、その仕事ぶりは間近で見て理解できました。こうした地道な営みが、私たちの生活や経済、そして安全の土台を支えているのだと思います。
公的リンク
- 日本産業標準調査会(JISC):ISO マネジメントシステム(品質・環境)の歴史と規格化経緯
- 経済産業省:産業標準化法の概要
- 産総研計量標準総合センター(NMIJ):計量標準とは
おわりに
最後までお読みいただき、ありがとうございました。本記事を通じて、暮らしの背後にある仕組みを読み解くヒントは得られましたでしょうか。もし「このテーマをもっと深く知りたい」と感じていただけましたら、ぜひ関連の解説記事もあわせてご覧ください。
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