AI支援によって書いた記事を「粗い下書き」のまま公開した理由

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AI活用は記事作成に大いに役立ちます。たしかにAIは便利。しかし、書く力は不要にならない。国語力や論理力が重要。AIを使って記事を書く際に あえて粗い下書きを公開している理由 について筆者が説明しています。

AIで記事を書く時代に、むしろ問われる力

AIを使った記事執筆は、確かに便利です。構成案の作成、文章のたたき、要約や言い換えまで、かつては時間を要した作業が一瞬で終わります。記事制作のスピードは飛躍的に向上しました。

しかし、多くのAI活用記事が指摘しているように、「便利になった=考えなくてよくなった」わけではありません。むしろ逆で、AIを使うほど、人間側の基礎的な力が露わになります。

まず必要なのは国語力です。AIが出力した文章を正確に読み取り、違和感や曖昧さに気づけなければ、誤った内容をそのまま公開してしまいます。文章を「書く力」以上に、「読む力」が重要になっています。

次に論理力と判断力です。AIの文章は流暢でも、論理が飛躍していたり、前提が抜けていたりすることがあります。それを見抜き、採用するか修正するかを判断するのは人間の役割です。AIは選択肢を出しますが、結論を選ぶ責任は引き受けません。

そして、プロンプト力。これは単なる操作スキルではなく、「自分の考えを言語化する力」です。何を、誰に、どの目的で書きたいのかが曖昧なままでは、AIも曖昧な文章しか返せません。良いプロンプトとは、良い問いであり、思考の整理そのものです。

結局のところ、AIは文章を書く主体ではなく、思考を加速する装置です。国語力・論理力・判断力を持つ人にとって、AIは強力な相棒になります。一方で、それらが不足していれば、AIは単に「それっぽい文章を量産する道具」にしかなりません。

AI時代の記事執筆とは、楽をすることではなく、「考える速度を上げること」なのです。


AIで記事を書く時代に、あえて「粗い下書き」を公開している理由


ドメイン力がないので、誰も見ない前提で書いている

2025年12月から開始しています。現時点でドメイン力は全くありません。最初から人に読まれるとも期待していません。そのため、Xでの拡散も、リンク作戦もしておらず。あらあらの下書きのまま記事を公開しています。

理由は単純です。完成度を上げてから出そうとすると、たいてい止まってしまうからです。
「まだ足りない」「もう少し整えてから」と思っているうちに、何も出ないまま時間だけが過ぎていきます。

それなら、粗くても論点だけ置いておく。早めに公開しておけば、その間にGoogleに見つけられる状況が整ってくるだろう。そのため、特に立ち上げ時期は存在しないよりは、未完成でも存在しているほうがいいと割り切っています。

AIに書かせたもののソースチェックが必要なところもあります。キーワード選定はやレイアウト、画像の挿入はまた後になります。そして、このブログは個々の記事よりも全体のつながりこそ価値があります。

AIがある今なら、記事の雰囲気を作って後から考えながら直す。修正するコストは以前よりずっと低くなりました。


この戦略についての率直な感想

この「粗い下書きを先に出す」やり方は、検索上位を狙う戦略ではありません。

良い点は、完璧主義に陥らず、考えた痕跡を残せます。更新前提で書くことで、AIの強みとも相性がいい。

一方でリスクもあります。内容が薄いまま放置すれば、評価が低い状態で固まる可能性もあります。「あとで直すつもり」が「直さないまま」になる危険もあります。

だからこそ、このやり方には自覚が必要です。粗くても、論点だけは一つに絞ること。公開したら、必ずどこかで手を入れること。

AI時代の記事執筆とは何か

結局のところ、AIは文章を書く主体ではありません。思考を代替するのではなく、思考の速度を上げる道具です。国語力、論理力、判断力がある人にとっては、強力な補助輪になりますが、それがなければ「それっぽい文章」を量産するだけになります。

未完成でも公開する。考え続けるために、あえて不完全なまま置く。

考えることをやめないための選択です。AI時代に個人が文章を書き続ける一つのやり方だと思っています。

「粗い下書きでも公開する」という戦略は、実行力という点では非常に強力ですが、**真似をしようとする読者が陥りやすい罠(リスク)**も確かに存在します。

今後の読者の道標となるよう、**「リスクと懸念、そしてその対策」**のセクションを厚くしたリライト案を作成しました。


AI時代にこそ「書く力」が問われる理由:あえて粗い下書きを公開する私の生存戦略

AIを使えば、記事の構成案、執筆、要約までが数秒で終わります。制作スピードが飛躍的に上がった今、「人間が書く必要はない」という声も聞こえてきます。

しかし、私はむしろ逆だと感じています。AIを使えば使うほど、書き手としての「基礎体力」が残酷なまでに露わになるのです。

AIが暴く、人間の「選ぶ力」と「問う力」

「AIで効率化できた=考えなくてよくなった」わけではありません。AIを強力な相棒にするためには、これまでの「書く力」以上に、次の3つの力が求められます。

  1. 高度な国語力(批判的読解): AIの文章を「読む」際、違和感や曖昧さに気づけるか。
  2. 論理力と判断力の責任: 提示された選択肢から、どれを採用するか。その「結論」の責任は人間にしか取れません。
  3. プロンプト力(言語化する意志): 「何を、誰に、何の目的で」届けたいか。良い問い(プロンプト)を持たない書き手には、AIも平坦な答えしか返してくれません。

結局のところ、AIは思考の代替ではなく、**「思考を加速させる装置」**なのです。


戦略的「粗い下書き」公開の意図

現在、私はあえて**「未完成の、粗い下書き」**を公開するという選択をしています。理由はシンプルです。

  • 完璧主義という病の克服: 「整えてから」と思ううちに、情熱は冷め、記事は一生公開されません。まずは存在させることが重要です。
  • SEOの早期インデックス: URLを世に出し、Googleに認識されるまでの時間を稼ぎます。

しかし、この手法は**「諸刃の剣」**でもあります。これから挑戦する方が知っておくべきリスクを整理しました。


【重要】この戦略に伴うリスクと懸念事項

「粗いまま出す」ことには、無視できない3つのリスクがあります。これらを理解して初めて、この戦略は成立します。

1. 「低品質コンテンツ」としての評価リスク

中身が極端に薄い記事や、AIの出力そのままの支離滅裂な記事を放置すると、サイト全体の評価(ドメインパワー)が下がる恐れがあります。Googleは「ユーザーに価値を提供しないページ」を厳しく見ています。

  • 対策: 粗くても「この記事で何を言いたいか」という論点(主張)だけは明確にすること。

2. 読者の信頼失墜

初めて訪れた読者が、あまりに読みづらい記事を目にすれば、「このサイトは役に立たない」と二度と戻ってこないかもしれません。

  • 対策: 「これは現在リライト中の下書きである」という旨を明記するなど、読者に対して不誠実にならない工夫が必要です。

3. 「あとで直す」は、たいてい直さない

AIがそれっぽい形を作ってしまう分、「これでいいか」と満足して更新を止めてしまうのが最大の罠です。

  • 対策: 未完成記事をリスト化し、「いつまでにリライトするか」の期限を決めるなど、更新の仕組み化が不可欠です。

結論:不完全なまま、考え続ける

未完成でも公開する。考え続けるために、あえて不完全なまま置く。

これは決して「楽をするための手抜き」ではありません。むしろ、公開した後の反応を見ながら、AIと共に思考を深めていく**「終わりのない編集作業」**への招待状です。

AIという強力な補助輪を得た今、私たちは「完成品を出すこと」以上に「どう考え続け、どう磨き続けるか」を問われています。



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