なぜ「食べられる/危ない/健康に良い」は直感では決まらないのかーS5-1-

この記事は約12分で読めます。


食品科学の基礎|保存と栄養を科学で理解する完全ガイド

スーパーで食品を手に取るとき、なぜこの食品は常温で保存できるのか、添加物は本当に必要なのか、栄養成分表示をどう読めばいいのか、疑問に感じたことはありませんか。食品の安全性や品質を理解するには、微生物、化学反応、温度、水分といった複雑な要素が絡み合う食品科学の知識が不可欠です。本記事では、食品の腐敗メカニズムから保存方法、添加物の役割、食品表示の読み方、三大栄養素まで、日常生活に直結する食品科学の基礎を体系的に解説します。

食品科学が教えてくれること

食品科学は、化学、生物学、物理学などの基礎科学を応用して、食品の性質や変化、加工方法を研究する学問です。単に「おいしい」「まずい」といった主観的な判断ではなく、科学的な根拠に基づいて食品を理解することで、より安全で健康的な食生活を送ることができます。

食品を取り巻く構造は、生産から加工、保存、流通、消費という一連の流れの中で、微生物や化学反応、温度管理、法制度が複雑に絡み合っています。このシステム全体を理解することが、食品科学の本質です。

関連記事:要素還元アプローチとシステム科学:現代科学を支える二つの視点

食品の腐敗を科学で読み解く

腐敗とは何が起きているのか

冷蔵庫から取り出した肉が異臭を放っていた、ご飯にカビが生えていた。こうした経験は誰にでもあるでしょう。食品の腐敗とは、微生物が食品成分を分解し、異臭や有害物質を生み出す現象です。つまり食品は自然に腐るのではなく、目に見えない微生物の活動によって変質しているのです。

腐敗を引き起こす主な微生物は、細菌、カビ、酵母の3種類です。細菌は肉や魚など高タンパク質食品で増殖しやすく、カビはパンや果物の表面で成長し、酵母は糖分の多い食品で発酵を起こします。これらの微生物は適切な条件が揃うと急速に増殖し、数時間で食品を変質させることもあります。

微生物増殖の4つの条件

微生物が活発に増殖するには、次の4つの条件が必要です。

第一に栄養源で、タンパク質や糖などの栄養が豊富な食品ほど微生物の格好の餌となります。第二に水分で、微生物が利用できる水がなければ増殖できません。第三に適温で、多くの細菌は20〜40℃で最も活発に活動します。第四に酸素で、菌の種類によって空気中の酸素を必要とする好気性菌と、酸素がない環境を好む嫌気性菌があります。

食品保存技術は、これらの条件のいずれかを奪うことで微生物の増殖を抑制しています。冷蔵は温度を下げ、乾燥は水分を奪い、真空包装は酸素を遮断します。

生肉が腐りやすい理由

生肉は食品の中でも特に腐敗しやすい食材です。その理由は、栄養が豊富でタンパク質と脂質を多く含み、水分が約70%と高く、常温では菌が急速に増殖し、表面積が大きく空気に触れやすいためです。これらの条件が揃っているため、適切に管理しなければ数時間で品質が劣化します。

冷凍・冷蔵の科学的メカニズム

温度管理は食品保存の最も基本的な方法です。しかし冷蔵と冷凍では、食品の保存メカニズムが大きく異なります。

冷蔵保存の限界

冷蔵庫に入れれば安全という誤解は非常に多いのですが、実際には冷蔵は腐敗を完全に止めるのではなく遅らせるだけです。冷蔵庫内の温度は通常4℃前後に設定されており、この温度では微生物の増殖速度が大幅に低下します。

化学反応速度の一般則として、温度が10℃下がるごとに反応速度は約2分の1になります。つまり常温25℃で1日で腐る食品は、冷蔵4℃では約4日持つ計算になります。ただし一部の低温細菌は冷蔵庫内でも増殖するため、数日から1週間程度で消費する必要があります。

関連記事:「熱はなぜ一方通行なのか」―エネルギー変換で読み解く温度の世界

冷凍保存の効果と注意点

冷凍保存は-18℃以下で食品中の水分を凍らせることで、微生物の活動をほぼ完全に停止させます。この温度ではほとんどの微生物は増殖できず、酵素の活性もほぼ失われるため、長期保存が可能になります。

ただし冷凍にも注意点があります。水分が氷結晶になる際に細胞組織を破壊するため、解凍後の食感が変わることがあります。急速冷凍することで氷結晶を小さくし、品質劣化を最小限に抑えられます。また微生物は死滅するわけではなく活動を停止しているだけなので、解凍すると再び活動を始めます。

再冷凍には特に注意が必要です。一度解凍した食品を再び冷凍すると、氷の結晶が細胞を破壊して食感が悪化し、解凍中に微生物が増殖している可能性があり、ドリップが出やすくなって栄養と旨味が流出します。解凍したらすぐに調理し、食べきることが推奨されます。

乾燥保存が食品を守る原理

水活性という重要な概念

食品の腐りやすさを考えるとき、単純に水分量だけを見るのは不十分です。重要なのは微生物が使える水がどれだけあるかという指標、水活性です。水活性は0.0から1.0の値で表され、1.0に近いほど微生物が増殖しやすくなります。

新鮮な生肉や魚の水活性は0.99で非常に腐りやすく、パンは0.95で数日でカビが生えます。一方、ジャムの水活性は0.80で常温保存が可能で、クッキーは0.30、乾燥昆布は0.60以下でほぼ腐りません。

ジャムが腐りにくい科学的理由

ジャムに大量の砂糖が含まれているのは、単に甘くするためだけではありません。砂糖は水分子と強く結びつくため、微生物が利用できる自由な水が減少します。結果として、水分は含まれていても微生物は増殖できず、常温でも長期保存が可能になります。

これが砂糖漬けによる保存の原理です。同じ理由で、塩漬けも水活性を下げることで保存性を高めています。梅干しや塩鮭が常温で保存できるのも、この原理を応用したものです。

乾燥保存の限界と注意点

乾物が常温で長期保存できるのは、水活性を極端に下げているからです。ただし乾燥は万能ではありません。酸化は進むため、特に油脂を含む食品は風味が落ちます。また開封後に湿気を吸うと急速にカビが生え、貯穀害虫がつきやすいという問題もあります。

フリーズドライは凍らせた状態で水分を抜くため、栄養素の破壊が少なく、風味が保たれやすく、お湯で戻すと元に近い状態に復元できます。インスタント食品などで広く使われていますが、製造コストが高いという欠点があります。

食品添加物の本当の役割

添加物は食品の制御装置

食品添加物と聞くと体に悪いイメージを持つ人は多いでしょう。しかし添加物は食品を安全に保つための制御装置です。添加物がなければ、多くの食品は数日で腐敗し、食中毒のリスクが高まります。

食品添加物の主な役割は、腐敗防止、酸化防止、品質安定、色や味や香りの維持です。これらは食品の安全性を高め、無駄な廃棄を減らし、消費者に安定した品質の食品を届けるために不可欠です。

添加物規制の厳格さ

日本で使用が認められている食品添加物は、すべて動物実験で安全性を確認し、使用できる食品と量が法律で規定され、定期的に再評価されています。一日摂取許容量が設定されており、通常の食事で摂取する量では健康への悪影響はないとされています。

天然由来だから安全、人工だから危険という単純な図式は科学的ではありません。天然由来の毒物も数多く存在し、フグ毒や毒キノコは天然物です。重要なのは物質の由来ではなく、量と使い方です。

関連記事:身の回りの化学物質ハンドブック:安全な暮らしのための実践ガイド

保存料と酸化防止剤の違い

食品添加物の中でも、保存料と酸化防止剤は混同されがちですが、その役割は大きく異なります。

保存料は微生物を抑制する

保存料の目的は細菌やカビの増殖を防ぐことです。代表的な保存料にはソルビン酸と安息香酸があります。ソルビン酸とその塩類はカビや酵母に対して効果的で、チーズ、漬物、ジャムなどに使用されます。安息香酸とその塩類は清涼飲料水やしょうゆに用いられ、細菌やカビの増殖を抑えます。

具体例として、かまぼこに保存料が使われていなければ2〜3日でピンク色に変色し、異臭を放ち、カビや細菌が増殖して食中毒リスクが高まります。ソルビン酸カリウムの使用量は食品衛生法で厳密に定められており、通常の食事で摂取する量では健康への悪影響はないとされています。

酸化防止剤は油の劣化を防ぐ

酸化防止剤の目的は脂質の酸化を防ぐことです。代表的なものにはビタミンCとビタミンEがあります。ビタミンCは水溶性の酸化防止剤で、飲料や果物の変色防止に使用されます。ビタミンEは脂溶性で、油脂製品やマヨネーズに添加されます。

油脂が空気中の酸素と反応すると、嫌な臭いが発生し、色が変わり、有害な過酸化物質が生成される可能性があります。油は腐らないが劣化するという点が重要です。

開封したポテトチップスを放置すると湿気るだけでなく油臭くなるのは、油の酸化が原因です。袋に窒素ガスが充填されているのは、酸素を遮断して酸化を防ぐためです。

関連記事:酸化還元反応の基礎

食品表示の読み方をマスターする

食品表示はリスク情報の要約

食品表示の目的は、消費者が自分で判断するための情報を提供することです。危険をゼロにすることではなく、適切な情報開示によって選択の自由を保障することが本質です。

2015年に施行された食品表示法により、加工食品には名称、原材料名、内容量、消費期限または賞味期限、保存方法、製造者情報、栄養成分表示の記載が義務付けられました。

原材料表示の読み方

原材料は使用量の多い順に記載されます。最初に記載されている原材料が最も多く含まれているということです。添加物は原材料と区別して記載され、スラッシュや改行で分けられています。

よくある誤解として、添加物の種類が多いから危険というものがありますが、実際は少量ずつ複数使う方が安全な場合もあります。単一の添加物を大量に使うより、複数を組み合わせて少量ずつ使う方が効果的かつ安全です。また表示が長いのは情報開示が丁寧だからであり、無添加と大きく書いてあっても他の部分でリスクがある場合もあります。

消費期限と賞味期限の違い

消費期限は安全に食べられる期限を示し、弁当やサンドイッチなど傷みやすい食品に表示されます。期限を過ぎたものは食中毒リスクが高まるため食べない方が安全です。

賞味期限は美味しく食べられる期限を示し、スナック菓子や缶詰など比較的保存がきく食品に表示されます。期限を多少過ぎても直ちに食べられなくなるわけではありませんが、品質は徐々に低下します。

栄養成分表示を正しく理解する

栄養成分表示の必須項目

栄養成分表示では、エネルギー、タンパク質、脂質、炭水化物、食塩相当量の5項目が必須です。これらは100gあたり、100mlあたり、または1食分あたりで表示されます。

表示単位に注意が必要です。1袋あたりと100gあたりでは意味が異なります。複数の商品を比較する際は、同じ単位で比べることが大切です。

任意表示項目の意味

必須項目以外に、飽和脂肪酸、食物繊維、糖質、糖類、ビタミン、ミネラルなども任意で表示できます。これらの表示がある場合は、より詳細な栄養情報が得られます。

特に食物繊維は第6の栄養素として注目されており、腸内環境の改善やコレステロールの低減効果が期待されています。糖質は炭水化物から食物繊維を除いたもので、血糖値の上昇に関わります。

三大栄養素とエネルギーの関係

食品からエネルギーを得るのは、炭水化物、タンパク質、脂質という三大栄養素からです。それぞれの役割と必要量を理解することが、健康的な食生活の基本です。

タンパク質の役割

タンパク質は筋肉、臓器、皮膚、髪など体の構成成分として重要です。20種類のアミノ酸が結合してできており、このうち9種類は体内で合成できない必須アミノ酸です。肉、魚、卵、大豆製品、乳製品に豊富に含まれます。

エネルギーとしては1gあたり4キロカロリーを生み出します。成人の推奨量は体重1kgあたり1g程度で、成長期や運動習慣のある人はより多く必要です。

脂質の特徴

脂質はエネルギー効率が高く、1gあたり9キロカロリーを生み出します。三大栄養素の中で最も高カロリーです。細胞膜の構成成分であり、脂溶性ビタミンの吸収を助け、体温保持や臓器保護の役割も担います。

脂質には飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸があります。不飽和脂肪酸には必須脂肪酸が含まれ、体内で合成できないため食事から摂取する必要があります。魚油に含まれるDHAやEPAは健康維持に重要です。

炭水化物の働き

炭水化物は体と脳の主要なエネルギー源で、1gあたり4キロカロリーを生み出します。糖質と食物繊維に分類され、糖質は消化吸収されてエネルギーになりますが、食物繊維は消化されずに腸内環境を整える働きをします。

ご飯、パン、麺類などの主食に多く含まれ、日本人のエネルギー摂取の約6割を占めています。適切な量の摂取が重要で、過剰摂取は肥満につながり、不足するとエネルギー不足や集中力の低下を招きます。

エネルギーバランスの目安

三大栄養素からのエネルギー摂取バランスも重要です。厚生労働省の日本人の食事摂取基準では、タンパク質13〜20%、脂質20〜30%、炭水化物50〜65%が目安とされています。

おにぎり1個の例で見ると、炭水化物約40gで160キロカロリー、タンパク質約3gで12キロカロリー、脂質約1gで9キロカロリーとなり、合計約180キロカロリーです。このバランスを意識することで、健康的な食生活を送ることができます。

関連記事:食べることは、体を運営することだ ― 食と健康をシステムで考える

食品科学が与えてくれる視点

科学的思考のメリット

科学的に食品を理解することで、不安に煽られなくなります。無添加だから安全といった単純な判断をしなくなり、情報を整理して何が本当のリスクで何が誤解かを見分けられます。また盲目的に従うのではなく、自分の価値観に基づいて判断できます。

リスクマネジメントの考え方

どんな食品にもリスクはあります。完璧な安全は存在しません。重要なのは、リスクの大きさを理解し、リスクを許容できる範囲に抑え、過度に恐れず、かといって軽視もしないことです。

これがリスクマネジメントの考え方です。食事は生物学、化学、物理学、農業、社会制度すべてが詰まった行為であり、直感だけでは判断できないからこそ、科学の基礎知識が役立ちます。

まとめ:食品をシステムとして理解する

食品科学の基礎知識は、私たちの日常生活に直結する実用的な学問です。食品の腐敗メカニズムを理解すれば適切な保存方法を選べ、冷凍・冷蔵・乾燥の原理を知れば食品ロスを減らせます。

食品添加物の役割を正しく理解し、保存料と酸化防止剤の違いを知り、食品表示を読み解く力を身につければ、より安全で健康的な食品選択が可能になります。栄養成分表示から三大栄養素の働きまで、科学的な視点で食品を見ることで、食生活の質は確実に向上します。

食品を取り巻く構造は、生産から加工、保存、流通、消費という流れの中で、微生物、化学反応、温度、水分、法制度が複雑に絡み合っています。このシステム全体を理解することが、賢い消費者として充実した食生活を送る第一歩です。

関連記事


参考文献

食品表示法(平成25年法律第70号)

文部科学省「日本食品標準成分表(八訂)増補2023年」

厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」

コメント

タイトルとURLをコピーしました