科学を、すべての人の教養に。博士が実社会で確信した、理科リテラシーの価値

この記事は約5分で読めます。

研究職を経て、プラントエンジニアや再生エネルギー事業、教育スタートアップなど産業界の多角的な現場を歩んできました。その中で見出したのは、中学理科を土台とする「科学的思考」こそが、情報を見極め、自律したキャリアを築くための普遍的な基盤になるという確信です。理科を生活に役立つ形に翻訳し、社会の質を底上げすることを目指します。

問題意識

社会が必要としている「翻訳者」の存在

実社会に関わる中で、科学技術が社会の中でどのように機能し、また運用されているのかを感じてきました。

まず、転職市場や現場を歩いて痛感したのは、理工系大卒が社会には想像以上に少ない」という現実です。

日本の高校で理系を選択する生徒は約3割に留まり、規模や業種にもよると思いますが、中小企業が理工系大卒を確保するのは容易ではないこと。結果として、文系出身者や高卒の職員が現場の技術職を担っていたりします。生活が懸かるととかやらざる負えない場面では、なんだかんだとこなせるもんだなとも感じました。

工場は法定耐用年数でいえば40年、場合によってはそれ以上使用します。

設備に関してはその間、機器の更新、修繕、代替する後発の技術に対応しないといけません。設備管理や生産技術がその部分を担います。また品質職においても、他社購買をリスク軽減や価格として考えないといけませんが、製法や品質基準もことなり、これらに対応しながら自社の製品の品質には影響を及ぼさないようにしないといけない。しかも、品質確認の手法も時代におうじて変化させないといけません。

大学にいるととかく研究開発に偏りなりがちですが、現場ではそういう対応がもとめられます。そして、技術的背景がないといありがちなのが、理論よりも経験則を重視する前例主義だったり、営業マンの話に素直にのってしまう場面が多く見られます。

そこで痛感したのは、中小企業が切実に求めているのは、知識を持っている専門家ではありません。以下のような能力といえます。

  • 「理論」を「実装」へ: 新しい技術やAI、複雑な規制を構造的に捉え、自社の即した形に落とし込める力。
  • 「数値」を「判断」へ: 計測データや統計を、生産性向上のための「次の一手」に変える力。
  • 「専門」を「共通言語」へ: 専門外のスタッフに対しても、科学的根拠を納得感のある言葉で伝え、組織を動かす力。

専門外の人に今日明日にやれというのも難しいですが、全体を俯瞰しつつ、組織の変革に寄与していく人物です。技術・社会・ビジネスの三者を繋ぐ「翻訳者」が不足していて、停滞している組織も多いんだろうなというのが正直な感想です。私は、自身のバックグラウンドを活かし、この「知の断絶」を埋める架け橋でありたいと考えています。

なぜ「中学理科」を大切にするのか

上記の人物を待つだけでいいのでしょうか。前述のように、一部職員が自己研鑽して現場を支えているのが実情ですので、いまいる職員をボトムアップ的に教育するのが現実解かもしれません。

そういう意味において、資格試験はひとつのマイルストーンを提示してくれています。学校の勉強がすべてではないという証明にもなりますが、実は中学レベルの理科を実生活やキャリアと結びつけるだけで、世界の解像度は驚くほど高まります。例えば、電気主任技術者やエネルギー管理士といったキャリアアップを目指す際にも、その根底にある科学リテラシーが大きな支えとなります。資格取得に○○時間は必要とかありますが、一から勉強した場合であって、バックグラウンドがあれば、大方の技術試験は困難では洗いません。

私は、こうした専門的な知識を日常の言葉へと還元し、誰もが使える道具として届けていきます。

科学リテラシーは、自律して生きるための判断軸

また科学的な素養を身につけることは、職業訓練の一助だけにとまりません。一人の消費者としても、科学的な知識を蓄えておくことは、賢く生きるための「生活の知恵」として大いに役立つはずです。単なる学習にとどまらず、確かな「判断軸」を持つことに繋がります。

  • 溢れる情報や広告の中から、根拠に基づいた取捨選択できる
  • エネルギー、環境、医療といった複雑な社会課題を、自分の頭で整理できる
  • 統計やリスクを正しく理解し、生活における意思決定の質を高める

これらは、変化の激しい時代において、自身の暮らしを自律的に守るための基盤となります。

教える側(学習支援者)と共に歩む

「科学リテラシー」を広めるには、教育現場の課題も避けて通れません。教科書では、実生活のどの課題を対象としているのか提示できないと思うのです。こうした悩みを抱える学習支援者の方々が、自信を持って体系的な知を届けられるよう、横断的な思考の軸を提案していきます。

都市と地方、そして個人の自律のために科学が必要な理由

日本の社会は「地方が生産し、都会が消費する」という分業構造にあります。しかし、相次ぐ災害や疫病はこの構造の脆さを露呈させました。地方が衰退し、この依存関係が限界を迎える中、今求められているのは「自律型社会」への転換です。

ここでなぜ科学リテラシーが必要なのか。

それは、自律は「自分の生活を支える資源やリスクを、正しく計算・評価できること」から始まるからです。

  • エネルギー・食の適正な評価: その土地、その暮らしに最適な選択をデータに基づいて判断する。
  • 生活防衛としての判断力: 生活に不要なコストを排して自分の身を守る。

科学的な思考回路を持つことは、「他者への過度な依存」を脱し、自分の足で立つための武器になると考えます。


コメント

タイトルとURLをコピーしました