レアメタルの地政学

科学史・産業史

スマートフォンから電気自動車、最先端の半導体に至るまで希少元素なしには駆動しません。しかし、特定の地域に偏在するこの資源の確保を巡って地政学的リスクが時折顕在化します。資源を持たざる国である日本は、この地政学的リスクをどう乗り越えるのか、未来の資源戦略と技術の最前線を紐解きます。

シリーズについて

本サイトのメインテーマは「暮らしの背後にある仕組みを読み解く」こと。中学・高校理科の知識をベースに、特定の専門に偏らず、物事の骨子を見抜く力を養います。記事は「歴史的背景」「科学的原理」「フィールド(実社会での応用)」の3層構造で構成しています。「なぜそうなったか」「どんな仕組みか」「現実で何が見えるか」。この3視点を揃えることで、断片的な知識を「線や面」へとつなげ、社会を生き抜くための判断の源泉を提供します。

レアメタルとは

タングステン、ネオジム、コバルトといった元素は、ほんのすこしまぜるだけで、材料に強い磁力を帯びさせ、高温に耐えさせる性質を持っています。これらは「レアメタル」と呼ばれる希少金属の総称に含まれますが、その中でもネオジムやディスプロシウムのなど十七種類の元素は「レアアース(希土類)」といわれます。

これほどまでに人類がレアメタルを渇望するのは、現代の最先端インフラがこれなしには駆動しないからです。例えば、高速通信や高電圧を制御する化合物半導体・パワー半導体では、ガリウムやインジウム、ルテニウムといったレアメタルがわずかに混ぜられています。また、電気自動車やスマートフォンのバッテリーでは、リチウムイオンが正極と負極を行き来する際の足場を安定させ、大容量の電力を詰め込むために、コバルトやニッケル、マンガンが必須となっています。さらに、モーターを小さく、かつ強力にするためには、熱を帯びても磁力が落ちないネオジムやディスプロシウムを配合した永久磁石が欠かせません。自動車の排気ガスを無害な水と炭酸ガスに変える触媒にはプラチナやパラジウムが使われています。

歴史を振り返れば、レアメタルを本格的に必要とし始めたのは、二十世紀後半、特に一九七〇年代以降のエレクトロニクス革命の時代からです。それまでの重厚長大と呼ばれた鉄鋼や石油の時代から、社会がより小さい電子機器を求め始めた瞬間から、レアメタルの需要は跳ね上がりました。

これが希少とされる背景には、まず存在の少なさがあげられます。

そして、これらの元素は世界の特定の場所に集まってます。その理由は、地球が数億年をかけて起こしたマグマの冷却と地殻変動にあります。マグマが冷え固まる際、結晶に入れなかったレアメタルたちが、最後に残って濃縮され、プレートの衝突によって特定の地層に押し上げられました。そのため、中国やアフリカ、ロシアやカザフスタンといった、広大な国土と古い地質構造を背景に希土類などの豊富な資源を抱えています。これら一握りの国々によって支配されているのが現実です。

日本も世界有数の火山国であり、地下にレアメタルが眠っています。しかし、巨大な鉱床がまとまって存在せず、地深く分散しています。さらに、温泉資源や自然環境の保護が壁となり商業的に掘り出すことは事実上不可能なのが現実です。小笠原諸島や沖縄周辺を中心に、熱水が噴き出して固まった海底熱水鉱床や海底資源が存在しています。しかし、水深数千メートルという海底から大量の鉱石を安定して引き上げる技術は難易度が高く、現在は実証実験の段階にあります。

純粋な金属として取り出すことが難しいという分離の困難さがあります。

しかし、地質の偏在だけではありません。かつては欧米や日本も自国での抽出を試みましたが、元素を取り出すプロセスで大量の強酸性廃液が出るため、厳しい環境規制に見合わず撤退しました。その時に他国が嫌がった精錬プロセスを一手に引き受け市場を独占したのが中国でした。これにより、鉱山が南米やアフリカにあろうとも精錬工場の過半数は中国にあるという技術独占構造が完成したのです。さらに中国は精錬だけに留まらず、鉱山そのものの権益を次々と買収し、巨大な垂直統合のサプライチェーンが完成したのです。

2010年の尖閣諸島中国漁船衝突事件の日本政府への報復として中国によるレアアースの対日輸出制限が行われ、レアアースの価格が短期間で数十倍に跳ね上がる事態を引き起こしました。それ以降も、資源が外交のカードとして用いられる場面が繰り返されています。

ハイテク産業の首根っこ握られていることから代替技術を進化させてきました。代替の方向性は大きく二つに分けられます。一つは別の元素に置き換えたり必要量を減らしたりする「材料そのものの代替」です。もう一つは仕組みそのものから脱却する「システムの代替」です。

別元素への単純な置き換えではなく、ミクロの組織設計からアプローチされています。例えば、EVのバッテリーで調達リスクの最前線にあるコバルトに対しては、原子レベルで結晶の並びをシミュレーションし、コバルトが抜けてもバッテリーの構造が崩れないナノレベルの設計を行うことで、より入手しやすいニッケルやマンガン、鉄へと主役を交代させる技術が実用化されつつあります。

また、高温下での磁力低下を防ぐためにディスプロシウムが必須とされていたネオジム磁石の分野では、ディスプロシウムを全く使わずに同等以上の耐熱性を持つ完全フリーの磁石を生み出すことに成功したのです。さらに、素材そのものの置き換えが困難な場合は、その部品を使わないなど製品を丸ごと設計し直すシステムレベルの代替も始まっています。世界のトップEVメーカーの中には、磁石自体を使わない誘導モーターや、ありふれた素材のナノ組織を制御してレアアース並みの性能を叩き出す新型モーターなどリスクの回避も見せています。リチウムの代わりにナトリウムを使う「ナトリウムイオン電池」は、エネルギー密度では及ばないものの、資源制約が緩く、低コストかつ低温下での性能に優れるため、家庭用蓄電池や小型車向けの実用化が世界各地で進められています。

日本には天然の商業鉱山はありませんが、過去半世紀にわたり世界中から買い集めて家庭や工場に蓄積してきた使用済みスマホや家電の総量は膨大です。たとえば、独立行政法人物質・材料研究機構(NIMS)が発表した推計によれば、国内に埋蔵されているとされる金の総量は、世界中の地上に出回っている金の総量の約16%に相当し、主要な天然金鉱山国の埋蔵量を凌駕します。この数字は発表から時間が経っているものの、都市鉱山の規模感を示す代表的な指標として現在も引用されています。スマホの基板は天然の鉱石よりも遥かに高い濃度で金やパラジウムを含んでおり、日本の非鉄金属メーカーは、巨大な溶鉱炉で金属ごとの融点や比重の差を利用してこれらを引き剥がす世界最高峰の技術を磨き上げました。しかし、肝心のスマートフォンが家庭の引き出しに眠ったまま回収されずにいれば都市鉱山は機能しません。

人類がレアメタルを必要としなくなる未来は来るのでしょうか。科学の進歩は、その可能性を少しずつ現実のものにしつつあります。例えば、現在進められている人工知能を用いた材料探索や量子化学計算の進化によって、鉄やアルミニウムといったありふれた金属原子の並びをナノレベルで制御し、レアメタルと同じ電気的・磁気的特性を持たせる研究されています。さらに、物質に頼るのではなく、光や量子そのものを制御して情報を処理することや、次世代の全固体電池やナトリウム電池が普及すれば、特定の元素への依存から決別する時代が訪れるかもしれません。

編集後記

環境保護の歴史は、前のフェーズが次のフェーズを可能にする「連鎖構造」をなしていました。科学的な知見がなければ、環境破壊という被害は「見えない」まま放置されます。そして、被害が可視化されなければ、現状を変えようとする社会運動は起きず、運動が起きなければ、政治や経済を動かす制度化への圧力も生まれないのです。

環境保護とは単に「自然を慈しむ活動」ではありません。環境を破壊し続けることは、長期的には人間の経済活動を土台から崩すことを意味します。環境保護とは、単なる「コスト」ではなく、私たちの生存条件を保つための「維持管理」ともいえるのです。

おわりに

最後までお読みいただき、ありがとうございました。本記事を通じて、暮らしの背後にある仕組みを読み解くヒントは得られましたでしょうか。もし「このテーマをもっと深く知りたい」と感じていただけましたら、ぜひ関連の解説記事もあわせてご覧ください。

本サイトではトピックをできるだけ「歴史・科学・フィールド」の3層構造で体系化しています(教育とキャリアを除く)。一つの事象を多角的に捉えることで、断片的な知識を「線や面」へとつなげることができます。多彩なテーマを用意していますので、ぜひサイト内の記事一覧から、あなたの知的好奇心を刺激するトピックを覗いてみてください。

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この記事を書いた人
イカノフ

博士・電気主任技術者・エネルギー管理士・環境計量士、技術士補(生物)ほか)
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