明治政府が招いたお雇い外国人たちー理工系、軍事、医学を中心にー

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明治政府が技術移転と制度設計の要として招聘した外国人専門家を、理工系インフラ、軍事、医学・教育など主要分野ごとに網羅的に一覧化。出身国・滞在期間・功績とともに、日本の近代産業と学術・制度基盤を築いた彼らの役割をわかりやすく整理します。

はじめに

明治維新後、欧米列強に対抗し近代国家を確立するため、日本政府は大規模な制度改革と技術導入を急いだ。その中核を担ったのが「お雇い外国人」と呼ばれる外国人専門家たちである。彼らは鉄道、造船、鉱山、医学、軍事など多岐にわたる分野で知識と技術を伝え、日本の近代化を支えた。

本記事では、お雇い外国人の採用制度と時代背景を整理したうえで、主要人物を分野別に一覧化し、その功績を振り返る。さらに、彼らが築いた教育機関や工場が、その後の日本の産業・教育体制にどのようにつながっていったかを関連記事とともに探る。


お雇い外国人の制度と背景

お雇い外国人の採用は、明治政府による計画的な国家プロジェクトであった。各省庁が必要とする分野と人数を起案し、太政官が予算と任期を審査する多層的な意思決定のもと、外交ルートや専門家ネットワークを通じて人選が行われた。

採用にあたっては個人の能力だけでなく、「どの国の制度を導入するか」という国家モデルの選択が重視された。鉄道や工業はイギリス、陸軍や医学はドイツ、初期の造船や法律はフランスといった具合に、分野ごとに導入元となる国が定められた。

高額な給与や厳格な契約は厚遇というより、短期間で制度と人材育成を完遂するための戦略であり、当初から日本人の自立を前提に外国人の削減が想定されていた。実際、工部大学校をはじめとする教育機関では、日本人教員が育成され次第、外国人教員が段階的に削減されていった。


お雇い外国人一覧表(分野別)

以下の表は、理工系、軍事、医学の主要なお雇い外国人を網羅的にまとめたものである。

分野(国家機能)人物名出身国滞在期間所属組織主な功績・役割
1. 理工系インフラ・産業E・モレルイギリス1870-1871工部省(初期)鉄道建設を主導。工部省設立を提言。
R・H・ブラントンイギリス1868-1876工部省「日本の灯台の父」。横浜の都市計画。
L・ヴェルニーフランス1865-1876海軍省横須賀造船所の建設。近代造船の基礎。
クルト・ネットードイツ1873-1886工部省・東大採鉱・冶金学。鉱山技術の近代化。
J・コンドルイギリス1877-1920工部省・民間建築教育。鹿鳴館等の設計。日本人建築家の育成。
2. 高等教育・理学・測量H・ダイアーイギリス1873-1882工部省工部大学校工学教育制度の設計(理論と実習の統合)。
W・E・ノルマンイギリス1873-1891工部省工部大学校近代土木工学・測量術の教育と現場指導。
W・E・エアトンイギリス1873-1878工部省工部大学校電気工学教育。日本初の電信・電灯技術。
E・ダイヴァーズイギリス1873-1899工部省・東大近代化学教育。日本化学会の創設。
J・ユーイングイギリス1878-1883文部省(東大)物理学。磁気学研究と地震計の開発。
E・ナウマンドイツ1875-1885内務省地質学。日本列島の地質構造の解明。
3. 農業・環境衛生W・S・クラークアメリカ1876-1877開拓使(札幌農)近代農学教育。開拓精神の指導。
W・K・バートンイギリス1887-1899内務省衛生工学。上下水道の設計(東京・大阪等)。
4. 医学・公衆衛生E・ベルツドイツ1876-1905文部省(東大)近代医学の伝授。内科学・皇室侍医。
J・スクリバドイツ1881-1901文部省(東大)近代外科学の確立。臨床外科の指導。
T・ホフマンドイツ1871-1875文部省(東大)医学教育のドイツ流への転換を主導。
5. 軍事(陸・海軍)J・メッケルドイツ1885-1888陸軍省(陸軍大)近代陸軍の戦術指導。参謀本部制の確立。
A・ダグラスイギリス1873-1875海軍省(海兵)英国式海軍教育。規律と訓練の徹底。
J・イングレスイギリス1887-1893海軍省(海軍大)艦隊戦術・砲術の指導(連合艦隊の祖)。

国家ごとの「専門特化」と戦略的選択

お雇い外国人の出身国は分野ごとに明確に分かれており、それは単なる偶然ではなく、明治政府の意図的な選択であった。

  • イギリス: 工部省、海軍(インフラ・産業・海洋分野)
  • ドイツ: 陸軍、医学(国家組織の強靭化・生命科学)
  • フランス: 法律、初期の造船(制度設計・重工業の基礎)
  • アメリカ: 教育、農業、音楽(市民教育・開拓精神)

特筆すべきは、工部省が明治3年から明治20年までに雇用したお雇い外国人総数256人のうち、238人がイギリス人であったという事実である。理工系分野の主要人物(ダイアー、ノルマン、エアトン、ブラントンなど)のほとんどが工部省に所属しており、この省庁が日本の技術移転の司令塔であった。


工部大学校という人材育成の拠点

工部大学校は、明治時代初期に工部省が創設した日本初の工学教育機関である。

制度の特徴:

  • 6年制課程: 予科・専門学・実地学各2年
  • 設置学科: 土木、機械、電信、造家、鉱山、化学、冶金、造船
  • 1886年に帝国大学工科大学へ統合: 文部省管轄となり、現在の東京大学工学部の前身となる

工部大学校の教育システムは、理論と実践を両立させた画期的なものであり、卒業生たちは日本の産業界と学術界を牽引する存在となった。この工学教育の系譜は、帝国大学にも受け継がれ、近代日本の教育制度の根幹を形成していく。

また、工学教育の確立がどのような制度的文脈で進んだかは、戦前日本の高等教育機関と法制度の全体像でより詳しく整理されている。


工部省の役割と廃止

工部省は明治3年(1870年)に設立され、鉄道、鉱山、造船、電信、灯台など産業インフラ全般を管轄する省庁として機能した。しかし、1885年には廃止され、その機能は各省庁や民間企業へと引き継がれた。

この廃止は、日本人技術者の育成が一定の成果を上げ、外国人への依存を脱却する目処が立ったことを意味する。工部省が設立・運営した官営模範工場は、民間への技術移転を果たしたのち、多くが払い下げられ、近代企業の基盤となった。官営模範工場の詳細については、戦前期に設立された官営模範工場のまとめで包括的に扱われている。



師から学び、自力で成し遂げた日本人たち

お雇い外国人が築いた教育と技術基盤のうえで、辰野金吾(建築)、古市公威(土木)、志田林三郎(電気)、北里柴三郎(医学)といった日本人の専門家が育ち、次世代の教育者・実務家として活躍した。

彼らは外国人教師から直接教えを受け、やがてその役割を引き継ぎ、自力で近代日本の科学・産業を推進していった。この世代交代のプロセスこそが、お雇い外国人制度の最大の成果と言えるだろう。


近代化の裏側 ― 環境と労働への影響

お雇い外国人がもたらした技術と制度は、日本の近代化を加速させた一方で、環境破壊や労働問題という負の側面も生み出した。鉱山開発や重工業の拡大に伴い、公害や労働災害が顕在化していった経緯は、鉱山と工業発展の裏で広がった環境被害の歴史で詳述されている。


おわりに

お雇い外国人は、単なる技術指導者ではなく、日本が近代国家として自立するための「知的インフラ」そのものであった。彼らは制度を設計し、教育システムを構築し、次世代の日本人専門家を育成した。

彼らが残した遺産は、教育機関、産業インフラ、法制度、さらには日本人の職業観や学問観にまで及ぶ。その影響を理解することは、日本の近代化とは何であったのかを問い直すことでもある。


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