1928年、イギリスの細菌学者アレクサンダー・フレミングは、培養していたブドウ球菌のシャーレにカビが生えているのを見つけました。フレミングはカビの周りだけ細菌が死んでいることに気づきました。これがペニシリンの発見です。
ペニシリンは第二次世界大戦中に実用化され、多くの命を救いました。この発見が現代の抗生物質の時代を開きました。
現代では、薬がどのように効くのかという作用機序を理解し、設計して作る時代になっています。
薬の作用機序――6つの基本パターン
薬の働き方は複雑に見えますが、基本的なパターンは6つに整理できます。
パターン1:体のスイッチを押す薬(作動薬)
私たちの細胞には「受容体」というタンパク質があります。これは鍵穴のようなもので、特定の分子(ホルモンや神経伝達物質)が結合すると細胞が反応を起こします。薬は、この鍵穴に入る人工の鍵のようなものです。
喘息で使う気管支拡張薬は、気道の筋肉にあるβ2受容体というスイッチを押します。すると筋肉が緩み、狭くなっていた気道が広がって呼吸が楽になります。心臓の薬の中には、心臓のβ1受容体を刺激して心拍数を上げるものもあります。
なぜ副作用が起きるかというと、同じ種類の受容体が体の別の場所にもあるからです。気管支を広げる薬が心臓の受容体も刺激すれば、動悸が起きることがあります。これは薬が完璧に「気管支の受容体だけ」を刺激することができないためです。
パターン2:体のスイッチにフタをする薬(拮抗薬)
拮抗薬は、受容体に結合するものの細胞の反応は起こしません。鍵穴に入る偽の鍵のようなもので、本物の鍵が入るのを邪魔します。
花粉症でよく使われる抗ヒスタミン薬は、このタイプの代表例です。アレルギー反応が起きると、肥満細胞からヒスタミンという物質が大量に放出されます。ヒスタミンはH1受容体に結合して、くしゃみ、鼻水、かゆみを引き起こします。抗ヒスタミン薬は、ヒスタミンが受容体に結合する前に受容体をブロックすることで、これらの症状を抑えます。
花粉症の薬を「症状が出る前から飲む」ように指示されるのは、ヒスタミンが放出される前に受容体を先にブロックしておけば、より効果的だからです。
降圧薬の多くも拮抗薬です。β遮断薬は心臓や血管のβ受容体をブロックすることで心拍数を下げ、血圧を下げます。ARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)は血管を収縮させる物質の受容体をブロックして、血管を広げます。
パターン3:体の中の工場を止める薬(酵素阻害薬)
私たちの体の中では、無数の化学反応が起きています。この反応を促進しているのが「酵素」というタンパク質です。酵素は特定の物質を別の物質に変える触媒として働きます。酵素阻害薬は、この酵素の働きを止めることで効果を発揮します。
コレステロールを下げる薬の代表であるスタチンは、肝臓でコレステロールを作る酵素(HMG-CoA還元酵素)の働きを止めます。コレステロールの材料はあっても、工場が止まっているので作れなくなるわけです。
胃酸の分泌を抑える薬(プロトンポンプ阻害薬)は、胃の細胞で酸を作り出す酵素を阻害します。胃潰瘍や逆流性食道炎の治療に使われます。
なぜ定期的な血液検査が必要かというと、酵素は体のあちこちで働いているため、一つの酵素を止めると別の場所の代謝にも影響が及ぶ可能性があるからです。
パターン4:敵を直接たたく薬――抗菌薬と抗ウイルス薬
このタイプの薬は、人間の細胞ではなく、外から侵入してきた病原体を直接攻撃します。
抗生物質の仕組み
ペニシリン系抗生物質は、細菌の細胞壁の合成を阻害します。細菌には細胞壁という硬い殻がありますが、人間の細胞にはありません。ペニシリンは細菌の細胞壁を作る酵素を止めるため、細菌は壁のない状態になり、やがて破裂して死にます。人間の細胞には細胞壁がないので、影響を受けません。これが選択毒性という考え方です。世代が進むにつれて効果のある細菌の種類が広がっています。細菌のタンパク質合成や細菌のDNA複製を阻害する抗生物質もあります。
細菌の中には、たまたま遺伝子の変異で抗生物質を分解する酵素を持っていたり、抗生物質を細胞の外に排出するポンプを持っていたりするものがいます。抗生物質を飲むと、普通の細菌は死にますが、これらの耐性を持った細菌だけが生き残ります。中途半端にやめると、この強い細菌だけが増殖し、次に同じ抗生物質を使っても効かなくなります。こうして耐性菌が広がっていきます。これは個人の問題ではなく、社会全体の医療基盤を揺るがす問題です。
なぜ抗生物質は風邪に効かないのでしょうか。風邪の原因の90%以上はウイルスです。ウイルスは細菌とは違い、細胞壁もなければ、自分でタンパク質を合成する装置もありません。ウイルスは人間の細胞に入り込み、その細胞の装置を使って増殖します。そのため、抗生物質の標的となる構造がないのです。
抗生物質の成功に触発され、科学者たちはウイルスにも効く薬を探し始めました。
1960年代、アメリカの生化学者ガートルード・エリオンとジョージ・ヒッチングスは、ウイルスのDNA合成を選択的に阻害する薬を開発しました。
1980年代にはHIVの流行に対してAZT(ジドブジン)が開発され、HIVのRNA逆転写酵素を阻害することでウイルスの増殖を抑えました。現在ではHIVは複数の薬を組み合わせることで、慢性疾患として管理できるようになっています。
1990年代には、インフルエンザ治療薬としてノイラミニダーゼ阻害薬(オセルタミビル:タミフル、ザナミビル:リレンザなど)が開発されました。ノイラミニダーゼはウイルスが細胞から飛び出すときに必要な酵素で、これを阻害することでウイルスの拡散を防ぎます。
パターン5:体全体を調整する薬――ホルモン薬と免疫調整薬
ステロイドの発見と作用機序
1948年、アメリカの医師フィリップ・ヘンチは、重症の関節リウマチ患者にコルチゾンという物質を投与しました。すると、患者は劇的に改善し、歩けるようになりました。これがステロイドホルモンの医療応用の始まりです。ステロイドがなぜこれほど広範囲に効くかというと、細胞の中に入り、遺伝子の働きを直接変えるからです。ほぼすべての細胞にステロイドの受容体があり、ステロイドが結合すると、炎症を起こす物質(サイトカイン)の遺伝子発現が減り、炎症を抑える物質の発現が増えます。
長期使用での副作用として、骨粗鬆症があります。ステロイドは骨を作る細胞(骨芽細胞)の働きを抑え、骨を壊す細胞(破骨細胞)の働きを促進するため、骨密度が低下します。また、糖の代謝にも影響し、血糖値が上がりやすくなります。免疫を抑えるため、感染症にかかりやすくもなります。
なぜ急にやめると危険かというと、体は普段、副腎という臓器で自分のステロイドホルモン(コルチゾール)を作っています。外から長期間ステロイドを投与すると、体は「もう作らなくていい」と判断して副腎の機能が低下します。この状態で急にやめると、体に必要なステロイドが足りなくなり、副腎不全という命に関わる状態になります。
適切に使えば安全で効果的な薬です。「ステロイドは怖い」という治療を拒否すると症状が悪化することがあります。
免疫抑制薬と抗がん剤
免疫抑制薬は、過剰な免疫反応を抑える薬です。自己免疫疾患や臓器移植後の拒絶反応を防ぐために使われます。
カルシニューリン阻害薬は、T細胞という免疫細胞の活性化を抑えます。代謝拮抗薬は、細胞分裂に必要なDNA合成を阻害することで、増殖の速い免疫細胞の増殖を抑えます。興味深いことに、これらの薬の一部は抗がん剤としても使われます。なぜかというと、がん細胞も免疫細胞も、共通して「速く増殖する」という特徴を持っているからです。これらの薬は速く分裂する細胞を攻撃するため、がん細胞だけでなく、正常な細胞の中で速く分裂している細胞(毛根、消化管粘膜、骨髄など)も影響を受けます。これが抗がん剤の副作用の原因です。
近年では、分子標的薬という新しいタイプの抗がん剤が登場しています。これはがん細胞に特有の分子を狙い撃ちする薬で、イマチニブ(慢性骨髄性白血病)、トラスツズマブ(乳がん)などがあります。従来の抗がん剤より副作用が少なく、効果的です。
パターン6:物理的・化学的に作用する薬
これらの薬は、受容体や酵素に作用するのではなく、単純な化学反応や物理的な作用で効果を発揮します。
胃酸を中和する制酸薬(水酸化アルミニウム、水酸化マグネシウムなど)は、酸性の胃酸とアルカリ性の薬が中和反応を起こします。浸透圧性下剤(酸化マグネシウム)は、腸の中に水分を集めることで便を柔らかくします。活性炭は表面に無数の穴があり、毒素を物理的に吸着します。
ワクチン――免疫に記憶させる技術
ワクチンは病気を治す薬ではなく、病気を予防する薬です。なぜ予防できるかというと、免疫システムには「記憶」という優れた機能があるからです。
一度水ぼうそうにかかった人は、二度とかかりません。これは免疫細胞が水ぼうそうのウイルスを記憶しており、次に同じウイルスが侵入してきたときに即座に攻撃できるからです。
ワクチンは、弱くした病原体や病原体の一部を使って、実際の病気を起こさずに免疫に記憶させる技術です。言ってみれば、本番(病気)の前の予行演習です。
生ワクチン
麻疹、風疹、おたふく風邪、水痘、BCG(結核)などのワクチンは、病原体を弱毒化したものを使います。弱いとはいえ生きた病原体が体内で少し増殖するため、本物の感染に近い強い免疫反応が起きます。
不活化ワクチン
インフルエンザ、日本脳炎、ポリオ、B型肝炎などのワクチンは、死んだ病原体や病原体の成分(タンパク質)を使います。増殖しないため安全性は高いのですが、免疫の記憶が弱くなりやすく、複数回接種が必要です。
mRNAワクチンとウイルスベクターワクチン
新型コロナウイルスで一躍有名になったmRNAワクチンは、病原体そのものではなく、病原体の一部(スパイクタンパク質)を作る設計図(mRNA)を体内に入れます。すると体の細胞がその設計図を読んで、一時的にスパイクタンパク質を作り、免疫システムがそれを認識して記憶します。
どんなワクチンにも副反応のリスクがあります。接種部位の痛みや腫れ、微熱、倦怠感などは、免疫システムが反応している証拠です。免疫細胞が活性化すると、炎症性物質(サイトカイン)が放出され、これが発熱や倦怠感を引き起こします。数日で治まり、これ自体は心配ありません。まれな重篤な副反応として、アナフィラキシーがあります。これはアレルギー反応の一種で、全身の血管が広がり、血圧が急激に下がってショック状態になります。頻度は100万回接種に数回程度ですが、接種後15〜30分は医療機関で待機し、万が一の場合にすぐ対応できるようにしています。
集団免疫――なぜワクチンは社会を守るのか
感染症の広がりやすさは「基本再生産数(R0)」という数値で表されます。これは「1人の感染者が免疫を持たない集団の中で、平均何人にうつすか」を示します。インフルエンザのR0は2〜3、麻疹は12〜18です。
集団免疫が成立するためには、「1-1/R0」の割合の人が免疫を持つ必要があります。麻疹でR0を15とすると、1-1/15=93.3%、つまり約95%の人が免疫を持てば、流行は起きなくなります。なぜかというと、感染者が次の人にうつそうとしても、周りのほとんどが免疫を持っているため、感染が広がらないからです。これは、ワクチンを打てない人(赤ちゃん、免疫不全の人、アレルギーのある人)を守ることにもつながります。周りの人が免疫を持っていれば、病気自体が流行しないため、ワクチンを打てない人も守られるのです。

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