環境に放出される化学物質|測定・基準・管理の仕組み

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私たちの暮らしを支える「化学物質」。しかし、その便利な物質が一度コントロールを失えば、自然環境と傷跡を残します。環境汚染は、「物質が環境中でどう振る舞うか」を十分に理解せず使ってきた結果です。

環境化学とは、単に汚染物質を調べるだけの学問ではありません。物質の性質を理解し、正しく「測定」し、社会的な「基準」を設けて管理する――いわば、文明と自然の共生を支えるための「社会の羅針盤」です。

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環境法令と基準の仕組み

1950年代から60年代にかけて、日本は高度経済成長の裏で深刻な公害に苦しみました。熊本県水俣市では、化学工場から排出されたメチル水銀が魚介類に蓄積し、それを食べた住民に深刻な神経障害を引き起こしました(水俣病)。富山県神通川流域では、鉱山から流出したカドミウムに汚染された水で育った米を長年食べ続けた結果、骨がもろくなるイタイイタイ病が発生しました。三重県四日市市では、石油化学コンビナートから排出された硫黄酸化物が原因で、呼吸器疾患が多発しました(四日市ぜんそく)。

公害の深刻化を受けて、1967年に公害対策基本法が制定されました。この法律は、公害を「事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染、騒音、振動、地盤の沈下及び悪臭によって、人の健康又は生活環境に係る被害が生ずること」と定義し、国と地方公共団体に防止の責務を課しました。

その後、1993年に環境基本法が制定され、それまでの公害対策基本法を発展的に解消しました。環境基本法では、大気、水質、土壌、騒音について、「人の健康を保護し、生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準」として環境基準が定められることになりました。

日本の環境法体系は、環境基本法を頂点に、媒体別(大気・水・土壌など)の個別法が整備されています。

法律名規制対象
大気汚染防止法NOx、SOx、ばいじん、VOC、PM2.5など
水質汚濁防止法BOD、COD、重金属、有害化学物質など
土壌汚染対策法鉛、ヒ素、カドミウム、六価クロム、VOCなど
オゾン層保護法特定フロン(CFC、HCFC)の製造・輸入規制
プラスチック資源循環促進法使い捨てプラスチック製品の削減、設計段階からのリサイクル配慮

環境基準とは何か

環境基準は、「この濃度以下であれば健康影響が出にくい」という社会目標です。これは法的な規制値ではなく、行政が環境政策を進める上での目標値として位置づけられています。一方、排出基準(規制基準)は、事業者が必ず守るべき法的義務であり、違反すれば罰則があります。

つまり、環境基準とは化学の知見を社会制度に落とし込んだものなのです。環境基準の設定プロセスは次のように進みます。

段階内容
科学的知見の収集疫学調査、動物実験、化学分析データを収集
リスク評価どの濃度なら安全か、どのような健康影響があるかを評価
基準値の設定安全マージンを含めた数値を法令で規定
モニタリング全国の測定局や事業所で継続的に測定し、基準が守られているかを確認

計量法と測定の信頼性

環境を守るには、「正しく測る」ことが不可欠です。厳しい基準を設けても、測定が不正確であれば意味がありません。日本では計量法に基づき、環境測定に使われる機器の精度を保証しています。

計測器、水質のpHメーター、騒音計など、これらはすべて定期的に検定・校正され、測定値の信頼性が担保されています。もし測定器が狂っていれば、基準を守っているかどうかも判断できません。基準となる標準物質(国家標準にトレーサブルな物質)を用いて測定器を校正し、その精度を証明する検定証を発行します。

監視・検査体制

環境規制は「自主申告」だけでは機能しません。地方自治体の環境部局は、工場や事業所に対して立ち入り検査や抜き打ち監視を実施します。職員は排水のサンプルを採取し、実験室で化学分析を行います。煙突から排出される排ガスの成分を測定し、騒音や振動のレベルを記録します。

基準を超過した場合、まず改善指導が行われますが、悪質な場合や繰り返し違反がある場合には、改善命令や操業停止命令が出されることもあります。これは、化学的な測定結果が行政処分の根拠になるという、科学と法律が直結する仕組みです。

全国約1,300カ所に設置された大気測定局(一般環境大気測定局と自動車排出ガス測定局)では、24時間365日、大気汚染物質の濃度が測定され続けています。このデータは環境省の「そらまめ君」(大気汚染物質広域監視システム)というウェブサイトでリアルタイムに公開されており、誰でも自分の住んでいる地域の大気の状態を確認できます。

水質についても、全国約5,000地点で定期的に測定が行われ、環境省がデータを公表しています。

大気汚染(NOx・SOx・PM2.5)

自動車の排気ガスや工場の煙突から出る煙には、窒素酸化物(NOx)、硫黄酸化物(SOx)、微小粒子状物質(PM2.5)といった有害物質が含まれています。

窒素酸化物は、車のエンジンなどの高温燃焼で空気中の窒素と酸素が反応して生成されます。化学式で表すと、N₂ + O₂ → 2NO(一酸化窒素)となります。この一酸化窒素は大気中でさらに酸化され、2NO + O₂ → 2NO₂(二酸化窒素)という反応を起こします。二酸化窒素は刺激性が強く、気管支を収縮させ、呼吸器疾患の原因となります。

硫黄酸化物は、硫黄を含む石炭や石油を燃焼させたときに発生します。硫黄が酸素と反応してS + O₂ → SO₂(二酸化硫黄)が生成され、これがさらに酸化されてSO₃となり、最終的には大気中の水分と反応してH₂SO₄(硫酸ミスト)になります。

PM2.5は、粒径が2.5マイクロメートル以下の超微小粒子です。髪の毛の太さの約30分の1という非常に小さなサイズのため、肺の奥深くにある肺胞まで到達し、場合によっては血管に入り込む可能性があります。長期的な暴露は、呼吸器疾患だけでなく、循環器系の疾患や発がんリスクの増加とも関連していることが疫学研究で明らかになっています。

大気汚染防止法により、NOx、SOx、PM2.5について環境基準が設定されています。

物質環境基準
NO₂1時間値の1日平均値が0.04~0.06ppmのゾーン内またはそれ以下
SO₂1時間値の1日平均値が0.04ppm以下、かつ1時間値が0.1ppm以下
PM2.51年平均値15μg/m³以下、かつ1日平均値35μg/m³以下

これらの基準を守るため、自動車には排出ガス規制が課され、三元触媒などの技術が開発されました。工場には排煙脱硫装置や脱硝装置の設置が義務付けられ、低硫黄燃料への転換が進められました。その結果、1970年代と比べて大気中のSOx濃度は大幅に低下し、四日市のような深刻な大気汚染は過去のものとなりました。

オゾン層とフロン

地上から約10~50kmの高さにある成層圏には、オゾン層と呼ばれる領域があります。オゾン(O₃)は酸素原子3個からなる分子で、太陽からの紫外線(UV-B)を吸収する化学的バリアとして機能しています。オゾンが紫外線を吸収すると、O₃ + UV → O₂ + Oという反応が起こり、紫外線のエネルギーが化学反応に使われます。オゾン層がなければ、強力な紫外線が地表に届き、皮膚がんや白内障のリスクが増大し、生態系にも深刻な影響が出ます。

1980年代、南極上空でオゾン層に巨大な穴(オゾンホール)が発見され世界に衝撃を与えました。原因は、冷蔵庫やエアコンの冷媒、スプレーの噴射剤として使われていたフロン(CFCs:クロロフルオロカーボン)でした。フロンは化学的に非常に安定で、人体への直接的な毒性もないため、「夢の化学物質」として広く使われていました。

しかし、フロンは大気中で分解されずに成層圏まで到達し、そこで強い紫外線によって分解されて塩素原子(Cl)を放出します。この塩素原子がオゾンを破壊する触媒として働き、Cl + O₃ → ClO + O₂という反応を繰り返します。

オゾン層破壊の科学的証拠が明らかになると、国際社会は迅速に動きました。1987年、モントリオール議定書が採択され、特定フロンの生産・使用を段階的に禁止することが決まりました。日本では特定物質等の規制等によるオゾン層の保護に関する法律(オゾン層保護法)が制定され、代替フロン(HFC:ハイドロフルオロカーボン)への転換が進められました。代替フロンはオゾン層を破壊しませんが、温室効果が強いという新たな問題があり、現在はさらに環境負荷の少ない冷媒の開発が進められています。

酸性雨の影響

大気中の窒素酸化物や硫黄酸化物が雨に溶け込むと、酸性を示す現象が起こります。二酸化硫黄は水と反応してSO₂ + H₂O → H₂SO₃(亜硫酸)となり、さらに酸化されて2H₂SO₃ + O₂ → 2H₂SO₄(硫酸)になります。同様に、二酸化窒素も水と反応して硝酸を生成します。

通常の雨も、大気中の二酸化炭素が溶け込んでpH 5.6程度の弱酸性を示しますが、pH 5.6以下(より酸性側)の雨を「酸性雨」と呼びます。欧米では1970~80年代に深刻な酸性雨被害が報告され、森林の立ち枯れ、湖沼の酸性化による魚類の死滅、大理石やコンクリートの建造物の溶解といった問題が発生しました。

日本では大気汚染防止法による排出規制により、1970年代と比べてSOx排出量は約90%減少しました。工場に排煙脱硫装置の設置が義務付けられ、低硫黄燃料への転換が進んだ結果、酸性雨の問題は欧米ほど深刻化しませんでした。

しかし、酸性雨は国境を越えて移動するため、一国だけの対策では不十分です。東アジアでは、東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(EANET)が2001年に設立され、日本、中国、韓国など13カ国が協力して酸性雨の監視と対策を進めています。

水質汚濁(BOD・COD)

川や海の水がどれくらい汚れているかを、どのように測ればよいのでしょうか。環境化学では、BOD(生物化学的酸素要求量:Biochemical Oxygen Demand)とCOD(化学的酸素要求量:Chemical Oxygen Demand)という2つの代表的な指標が使われています。

BODは、微生物が水中の有機物を分解するのに必要な酸素の量を表します。水中に有機物が多いほど、微生物がそれを分解するために多くの酸素を消費します。つまり、BOD値が高いほど水が汚れていることを意味します。河川では、BODが水質指標として使われます。一方、CODは酸化剤を使って化学的に有機物を分解したときに必要な酸素量を測ります。流れの少ない海や湖では、CODが使われます。どちらも数値が大きいほど水が汚れていることを示し、単位はmg/L(1リットルあたりのミリグラム)で表されます。

水質汚濁防止法により、河川や海域ごとにBOD・CODの環境基準が設定されています。河川はその利用目的に応じて類型(AA、A、B、C、D、E)が分けられています。

類型BOD基準(mg/L)
AA1以下(水道1級、自然環境保全およびA以下の欄に掲げるもの)
A2以下(水道2級、水産1級、水浴およびB以下の欄に掲げるもの)
B3以下(水道3級、水産2級およびC以下の欄に掲げるもの)
C5以下(水産3級、工業用水1級およびD以下の欄に掲げるもの)
D8以下(工業用水2級、農業用水およびEの欄に掲げるもの)
E10以下(工業用水3級、環境保全)

海域や湖沼についてもCODの基準があり、1~8 mg/Lの範囲で類型ごとに設定されています。工場や事業所から排出される排水については排水基準が定められており、基準を超過した場合には改善命令や罰則があります。

1970年代の多摩川は、工場排水や生活排水で汚染され、「死の川」と呼ばれるほどでした。BOD値は場所によっては20 mg/Lを超え、悪臭が漂い、魚はほとんど見られませんでした。しかし、下水道整備と工場排水規制が進められた結果、水質は劇的に改善しました。現在、多摩川のBOD値は2~3 mg/Lまで低下しています。

プラスチック問題(マイクロプラスチック)

プラスチックは高分子化合物(ポリマー)と呼ばれる、分子量が非常に大きな物質です。ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレンテレフタラート(PET)など、用途に応じてさまざまな種類があります。これらに共通するのは、化学的に非常に安定で、自然界では分解されにくいという性質です。この安定性こそが、プラスチックを便利な素材にしている一方で、環境問題の原因にもなっています。自然界には、プラスチックの高分子構造を効率的に分解できる微生物がほとんど存在しないため、一度環境中に出たプラスチックは数百年以上にわたって残り続けます。

海洋に流出したプラスチックは、紫外線による光酸化や波や砂による物理的な摩擦で、徐々に細かく砕けていきます。5mm以下に細分化されたものをマイクロプラスチックと呼びます。さらに小さなナノプラスチック(1マイクロメートル=0.001mm以下)の存在も確認されています。

マイクロプラスチックの問題は、そのサイズの小ささにあります。海鳥や魚、ウミガメなどが餌と誤認して摂取し、消化できずに体内に蓄積します。実際、海鳥の胃から大量のプラスチック片が見つかる事例が世界中で報告されています。

2022年、プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律(プラスチック資源循環促進法)が施行され、使い捨てプラスチック製品の削減が法的に推進されることになりました。レジ袋の有料化、ストローやスプーンの提供方法見直し、製品設計段階からのリサイクル配慮(環境配慮設計)などが求められています。

循環型社会とリサイクルの科学

リサイクルは単なる「再利用」ではなく、化学的変換プロセスです。使用済みの製品を原料レベルまで分解し、新たな製品に生まれ変わらせるには、化学の知識が不可欠です。

3R(スリーアール)という概念があります。まずReduce(発生抑制)は、そもそも廃棄物の発生量を減らすこと。次にReuse(再使用)は、製品をそのままの形で繰り返し使うこと。そしてRecycle(再生利用)は、製品を原料に戻して新しい製品を作ることです。この順番は、環境負荷が小さい順に並んでいます。

ペットボトルのリサイクルを例に取ると、回収されたペットボトルは細かく砕かれ(マテリアルリサイクル)、熱で溶かしてポリエステル繊維に再生されます。アルミ缶は溶解して再成形されますが、新品のアルミニウムを製造するのに必要なエネルギーの約3%程度で済むため、資源とエネルギーの両面で大きなメリットがあります。

しかし、リサイクルには技術的な課題も多くあります。異なる素材が混合された製品(複合材料)は分離が困難です。プラスチックには様々な添加剤が含まれており、リサイクルを繰り返すと品質が劣化します(カスケードリサイクル)。また、回収・輸送・処理にかかるコストやエネルギーが、新品を作るコストを上回る場合もあります。

最近注目されているのが、ケミカルリサイクルです。これはプラスチックを熱分解や化学分解して化学原料(モノマーや油)に戻す技術で、品質劣化の問題を解決できる可能性があります。また、設計段階からリサイクルを考慮する「サーキュラーデザイン」や「DfE(Design for Environment)」の考え方も広まっています。

まとめ

環境化学は、物質の性質を理解し、測定し、管理するという、科学と社会が協働するシステムです。その構造は次のように整理できます。

段階内容
物質の理解化学反応性、安定性、溶解性、移動性といった基本的な性質が、環境中での挙動を決定
環境中での挙動物質は放出され、拡散し、蓄積し、分解され、循環する
測定と評価化学分析によって環境中の物質濃度を定量し、リスク評価を経て、科学的根拠に基づく基準値を設定
社会的制御法規制による排出管理、監視・検査による遵守確認、技術開発による環境負荷低減、情報公開による透明性確保

このサイクルが適切に機能することで、公害という経験から学んだ教訓が、持続可能な社会の構築に生かされていくのです。

環境問題の多くは国境を越えて広がるため、国際協力が不可欠です。一国だけでは解決できない問題に対して、科学的知見を共有し、共通の基準を設け、協力して対策を進める枠組みが構築されています。

環境化学が取り組むべき新たな課題も次々と現れています。PFAS(有機フッ素化合物:Per- and Polyfluoroalkyl Substances)は環境中でほとんど分解されません。フライパンのコーティングや消火剤に使われてきましたが、環境や人体への蓄積が懸念され、規制が強化されつつあります。

環境化学を学ぶことは、イメージや印象ではなく、科学的データに基づいて判断する力を身につけることでもあります。「無添加」「オーガニック」「ケミカルフリー」といった言葉に惑わされず、その物質の化学的性質、濃度、暴露経路、リスク評価データを見る習慣を持つことが大切です。

さらに学ぶ

物質の構造と性質:化学の基礎(原子・分子・化学結合)

化学反応とエネルギー:酸化還元反応、燃焼、触媒の仕組み


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