狩猟と養殖 ― 人類の食をめぐる文化史

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食とは、自然と人間がどこまで歩み寄れるかを問い続けてきた交渉の歴史である。

はじめに:「獲る」から「育てる」への長い道のり

私たちが日々口にする食べ物は、大きく二つの異なる起源をもっています。一つは「自然の中で育ったものを獲る」狩猟的な食、もう一つは「人間が管理し育てた」農業的な食です。

鶏肉や牛肉はスーパーで当たり前に並んでいますが、これらはすべて人間が完全に管理した家畜から得られたものです。一方で、秋刀魚や鰹といった魚の多くは、今でも海で自然に育ったものを「獲って」います。同じ動物性タンパク質でありながら、なぜこれほど生産の仕組みが異なるのでしょうか。

本稿では、人類の食が狩猟から農業・養殖へと移行してきた歴史を振り返りながら、現代における食料生産の構造と、これから直面する課題について考えます。


第1章 食の原点としての狩猟

不確実性を前提とした生活

人類の食の出発点は、狩猟と採集にあります。移動しながら獣や鳥、魚を追い、季節と環境の変化に身を委ねて生きる。獲物は人間の都合で現れるものではなく、自然の側が主導権を握っていました。

渡り鳥や回遊魚はその典型です。彼らは特定の季節に特定の場所に現れますが、それは気候や水温、餌の分布といった複雑な生態系の条件が整ったときだけです。人間にできることは、その「来遊のタイミング」を経験的に学び、待つことだけでした。

狩猟は「知の体系」でもあった

狩猟とは単なる力仕事ではなく、高度な観察と推論を必要とする営みです。動物の足跡を読み、風向きを読み、季節の変化を読む。この知識は世代を超えて蓄積され、食文化の基盤となりました。

縄文時代の遺跡からは、精緻な骨角器や季節ごとの貝塚の層序が発見されており、当時の人々が高度な自然観察に基づいて狩猟・採集を行っていたことが科学的手法により明らかになっています


第2章 農業と家畜化がもたらした転換

自然を「管理する」思想の誕生

やがて人類は、特定の動植物を囲い込み、繁殖や成長を管理する方法を獲得します。穀物は植えれば実り、牛や豚、鶏は人間の生活圏の中で世代を重ねるようになりました。

ここで食は、「自然に従うもの」から「自然を管理するもの」へと質的に変化します。獣肉は狩猟の対象ではなく、明確に農業生産物として位置づけられるようになったのです。

家畜化の条件

すべての動物が家畜化できたわけではありません。家畜として成功した種には、いくつかの共通点があります。

  • 群れで生活する社会性(序列構造が利用できる)
  • 温和な性格(攻撃性が低い)
  • 人間の生活圏で繁殖可能(特殊な環境条件を必要としない)
  • 雑食性または草食性(餌の確保が容易)
  • 成長が比較的早い(経済的に成立する)

牛、豚、鶏、羊、山羊などはこれらの条件をおおむね満たしていました。一方、シカやイノシシは部分的にしか家畜化されず、野生のままの個体を狩猟する対象であり続けました。


第3章 魚はなぜ長く狩猟のままだったのか

「見えない世界」の生き物

獣肉が家畜化された一方で、魚は長く狩猟の対象にとどまりました。その最大の理由は、海という広大で不可視の空間にあります。

陸上の家畜は柵で囲えば逃げませんが、魚は三次元の水中空間を自由に移動します。回遊魚は数百キロ、時には数千キロを移動し、産卵場所も厳密に決まっています。深海魚に至っては、そもそも生態すら十分に解明されていません。

回遊という制御不能な行動

サンマ、ブリ、マグロ、サバ、イワシ、サケ――これらはすべて回遊魚です。彼らは産卵に適した水温や環境を求め、成長段階ごとに餌が豊富な海域を移動します。

この回遊は、生存戦略として極めて合理的ですが、人間にとっては**「いつ、どこに現れるか」がコントロールできない**ことを意味します。漁業は近代に至るまで本質的に狩猟であり、魚は「育てるもの」ではなく「来遊したものを獲るもの」だったのです。


第4章 旬という知恵と狩猟的食文化

旬は単なる「美味しい時期」ではない

回遊魚や渡り鳥を対象とする中で、人間は**「旬」**という概念を育ててきました。多くの生物は繁殖に備えて特定の時期に栄養を蓄え、そのときにもっとも状態がよくなります。

  • サンマ:南下前の秋、産卵に向けて脂を蓄える
  • ブリ:寒ブリは産卵前で脂が豊富
  • サケ:回帰時は産卵目的だが、文化的価値が高い

旬とは味覚の問題ではなく、生態のリズムを読み取り、自然に合わせて生きるための知恵であり、狩猟的食文化の結晶です。

温暖化が崩す「旬」の構造

ところが近年、この旬の構造が揺らいでいます。海水温の上昇、海流の変化、餌生物の分布変動などにより、サンマやサケが従来の漁場に来遊しなくなり、漁獲量が激減しています。

サンマの場合、北太平洋全体の資源量が減少している可能性と、日本近海を通らず沖合を回遊するルート変化の両方が指摘されています。これは単なる漁業の問題ではなく、海洋生態系全体の変調を示すシグナルでもあります。

私たちが「サンマが来ない」ことに不安を覚えるのは、それが単なる食材ではなく、自然との関係を測る指標だからです。


第5章 近代化と資源枯渇という転機

「無尽蔵の海」という幻想の崩壊

二十世紀以降、漁業は大きく変質します。漁船や漁具の高性能化、冷凍技術や流通網の発達、世界的な魚食需要の増加により、漁獲は急激に拡大しました。

かつては「無尽蔵」に見えた海の資源が、実は有限であることが明らかになり、多くの魚種で資源枯渇が問題となりました。マグロ、ウナギ、タラなど、商業的に重要な魚種の個体数は著しく減少しています。

気候変動による漁獲量の乱高下:レジームシフトという現象

資源枯渇に加えて深刻なのが、気候変動による漁獲量の劇的な変動です。特にサンマやイワシといった浮魚類(表層を泳ぐ魚)は、海洋環境の変化に極めて敏感です。

レジームシフト:数十年周期の大変動

海洋学では「レジームシフト」と呼ばれる現象が知られています。これは海流や水温が数十年単位で大きく変化し、魚種の優占種が入れ替わる現象です。

日本近海では以下のパターンが観察されています。

  • 1970年代後半~1980年代:イワシの大豊漁期(年間400万トン超)
  • 1990年代~2000年代:イワシ激減、サンマ・サバが増加
  • 2010年代~現在:サンマ激減、サバも不安定化

この変動は自然周期とも考えられますが、近年の変化は地球温暖化による海洋環境の根本的な変化が背景にあるとされています。

サンマの消えた理由:複合的要因

サンマの漁獲量は、2008年には約35万トンでしたが、2020年代には3万トン前後まで激減しました。原因は複合的です。

  1. 海水温の上昇:北太平洋全体の水温変化
  2. 回遊ルートの変化:日本近海を通らず沖合を回遊
  3. 餌生物の減少:プランクトンの分布変化
  4. 国際的な乱獲:公海での大規模漁業

特に問題なのは、外国漁船による公海での先取り漁業です。サンマが日本近海に到達する前に、台湾や中国の漁船が大量に漁獲してしまうケースが増えています。

イワシの「復活」と不確実性

興味深いことに、2020年代に入りイワシの漁獲量が再び増加傾向にあります。これは数十年周期のレジームシフトの一環とも考えられますが、予測は極めて困難です。

この不確実性が漁業経営を不安定にします。

  • 豊漁時:価格暴落、加工能力の限界
  • 不漁時:資源確保困難、経営悪化

漁業者は「獲れるときに獲る」しかなく、持続的管理との矛盾が生じます。

乱高下がもたらす社会的問題

1. 食文化の断絶

サンマの塩焼き、イワシの煮付けといった庶民的な食文化が、価格高騰により「高級料理」化しています。これは単なる経済問題ではなく、世代を超えて継承されてきた食文化の断絶を意味します。

2. 沿岸漁業の崩壊

サンマやイワシを主体としてきた漁港では、漁獲減少により廃業が相次いでいます。漁業技術や地域文化の継承が困難になり、地域社会そのものの衰退につながっています。

3. 加工業・流通業への影響

缶詰工場、干物加工業、飼料製造業など、関連産業全体に打撃が及びます。特に餌料用のイワシ不足は、養殖業にも波及します。

4. 食料安全保障のリスク

安価な動物性タンパク源の供給が不安定化することは、国民の栄養摂取に直結します。特に経済的に余裕のない層にとって、魚価の高騰は深刻な問題です。

狩猟から管理漁業へ:それでも追いつかない現実

この状況を受け、世界的に進められているのが管理漁業です。

  • 漁期の制限(産卵期の保護)
  • 漁獲量の上限設定(TAC: Total Allowable Catch)
  • サイズ規制(未成熟個体の保護)
  • 禁漁区の設定(資源回復エリアの確保)

これは「狩猟のルール化」と言えます。しかし、気候変動による環境の根本的変化に対しては、管理漁業だけでは対応しきれません。

海洋環境そのものが変化している以上、「適切に管理すれば資源は回復する」という前提自体が揺らいでいるのです。


第6章 養殖という「魚の農業化」

人工環境で育てる技術

資源枯渇への根本的な対応として発展したのが**養殖(アクアカルチャー)**です。人工ふ化や飼料開発、水質管理、病気対策などの技術により、ブリ、タイ、サーモン、マグロなどは安定的に生産されるようになりました。

養殖は、魚を狩猟の対象から生産物へと移行させる試みであり、魚の農業化とも言えます。ここで食は再び、不確実性から管理へと傾いていきます。

完全養殖という到達点

特に画期的だったのが完全養殖の成功です。通常の養殖は天然の稚魚を捕獲して育てますが、完全養殖は卵から成魚、そして次世代の卵まで、すべてを人工環境で管理します。

近畿大学は2002年にクロマグロの産卵に成功し、2004年に完全養殖(人工孵化した魚が親魚となり、再び卵を産む循環)を達成しました。これは「天然資源に一切依存しない魚生産」が可能であることを示した画期的な成果であり、魚類の家畜化における大きな転換点です。


第7章 養殖できない、しない生き物たち

ウナギという特殊なケース:完全養殖の壁

ウナギは養殖の限界を象徴する魚種です。日本で流通するウナギの大部分は養殖ですが、実は完全養殖ではありません

現在の「ウナギ養殖」は以下のプロセスです。

  1. 天然の稚魚(シラスウナギ)を河口で捕獲
  2. それを養殖池で育てる
  3. 成魚として出荷

つまり、天然資源に完全に依存した養殖なのです。

なぜ完全養殖が困難なのか

ウナギは極めて複雑な生活史を持ちます。

  • 産卵場所:マリアナ海溝付近の深海(推定)
  • 産卵条件:水深200-300m、特定の水温・塩分濃度
  • 仔魚期間:レプトセファルス(葉形仔魚)として数千キロを漂流
  • 変態:シラスウナギへの変態条件が不明確

2010年に水産研究・教育機構が人工孵化から成魚までの完全養殖に成功しましたが、生存率が極めて低く、コストが天文学的です。1匹あたりの生産コストは市場価格の数百倍に達するとされています。

資源の危機的状況

天然のシラスウナギ漁獲量は、1960年代の約10分の1に激減しています。ニホンウナギは国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで「絶滅危惧IB類」に指定されています。

それでも「土用の丑の日」の文化的需要は根強く、価格高騰を招いています。ウナギは、文化的価値が資源管理を困難にしている典型例です。

技術的に「まだ」できないもの:深海魚という未知の領域

深海魚の多くは、そもそも生態が十分に解明されていません。

  • 水圧への適応:数百気圧の環境に適応した生理機構
  • 餌生物の特殊性:深海特有の餌環境の再現困難
  • 繁殖行動の謎:多くの種で産卵場所すら不明
  • 成長の遅さ:数十年かけて成熟する種も多い

キンメダイやアカムツ(ノドグロ)など一部の深海魚は高級魚として人気ですが、養殖研究はほとんど進んでいません。深海という環境そのものが、人間の技術的到達範囲の外にあるのです。

経済的に「やらない」もの:サンマ・イワシの合理性

サンマやイワシは、技術的には養殖可能でも経済的に成立しない典型です。

なぜ養殖しないのか

  • 成長が早く単価が低い:数ヶ月で成熟、1匹数十円
  • 餌コストの問題:餌代が販売価格を上回る
  • 群れ行動が前提:大規模な水槽が必要
  • 天然資源の方が安い:漁船で大量に獲る方が効率的

ただし、この前提は天然資源が安定していることが条件です。近年、その前提が崩れつつあります。

未利用魚という可能性

日本の沿岸には、実は食用に適しながら流通していない「未利用魚」が数多く存在します。

  • 規格外の魚:サイズが小さすぎる、大きすぎる
  • 知名度の低い魚:地域限定で食べられてきた種
  • 漁獲の不安定な魚:まとまった量が獲れない
  • 見た目の問題:アンコウ、ゴンズイなど

これらは流通システムに乗らないだけで、栄養価や味は既存の食用魚と変わりません。加工技術や流通改革により、新たな食資源として活用できる可能性を秘めています。

本質的に「飼い慣らされない」存在

そして最後に残るのが、養殖という発想そのものがなじまない生き物です。

  • 広大な回遊を前提とする魚(マグロ、カツオ、サンマ)
  • 生涯を通じて環境変化を必要とする種(サケ、ウナギ)
  • 人工環境では生理的ストレスが大きいもの

これらは人間の管理を拒むかのように振る舞います。文化史的に見れば、彼らは狩猟時代の記憶を現代に留める存在とも言えます。


第8章 未活用資源と循環という発想

「獲る量を増やす」から「使い切る」へ

持続可能な食を考える上で重要なのは、単に養殖を拡大することではありません。未活用資源という視点が不可欠です。

従来の未活用資源

  • 未利用魚:商業的に価値が低いとされる魚種
  • 規格外サイズ:市場規格に合わない個体
  • 加工残渣:骨、皮、内臓など

これらは技術と発想次第で、飼料、機能性食品、医薬・化学原料として活用できる可能性を持っています。

未利用魚の具体例と課題

日本の沿岸で獲れるが流通していない魚は数多くあります。

流通しない理由

  • 知名度が低い(地方名しかない)
  • 見た目が悪い(グロテスク、色が悪い)
  • 棘や毒がある(処理が面倒)
  • まとまった量が獲れない(流通コストが合わない)
  • 傷みが早い(鮮度維持が困難)

活用への試み

  • 加工品化(すり身、レトルト、冷凍)
  • ブランディング(「地魚」「希少魚」としての価値創出)
  • 学校給食への導入(食育との連携)
  • 飼料化(養殖魚の餌として利用)

特に注目されているのが、魚粉やフィッシュミールとしての活用です。従来は廃棄していた小型魚や規格外魚を粉砕し、養殖魚や家畜の飼料として使うことで、資源を循環させる試みです。

深海資源という未知のフロンティア

深海には、まだ十分に活用されていない生物資源が眠っています。

深海魚の可能性と限界

  • キンメダイ、アカムツ(ノドグロ):高級魚として既に定着
  • メヌケ類:北洋で漁獲、加工品として流通
  • 深海性エビ・カニ:一部は既に商業漁獲

しかし、深海資源には大きな制約があります。

深海漁業の問題点

  1. 成長の遅さ:数十年かけて成熟する種も多く、乱獲リスクが高い
  2. 生態系への影響:深海底を破壊する底曳網漁業の環境負荷
  3. 経済性:燃料コスト、漁具の消耗が大きい
  4. 科学的知見の不足:資源量の推定すら困難

深海は「未開発だから豊富」ではなく、「脆弱だから手つかず」なのです。

深海バイオリソースへの期待

一方、食用以外の利用では期待が高まっています。

  • 深海微生物:極限環境に適応した酵素(産業利用)
  • 深海性生物の生理活性物質:医薬品開発
  • コラーゲンやセラミド:化粧品原料

これらは漁業ではなく、バイオテクノロジーとしての資源利用です。

フードロスと資源循環

発酵、乾燥、塩漬けといった伝統的な食品加工技術は、資源を最大限に活用するための知恵でした(これらの技術の詳細については調理技術の進化の歴史を参照)。

現代においても、この循環の思想は重要です。「獲る量を増やす」のではなく「使い切る」方向への転換こそが、持続可能な食の鍵となります。

日本の「もったいない」精神と魚食

日本の伝統的な魚食文化には、徹底した「使い切り」の思想がありました。

  • 刺身・切り身:最良の部位
  • 煮付け・焼き物:中間部位
  • アラ汁:頭・骨・内臓
  • 魚粉・肥料:最終残渣

この循環システムが、流通の効率化と消費者の嗜好変化により失われつつあります。スーパーで切り身だけを買う消費行動は、便利である反面、大量の食用可能部位を流通段階で廃棄していることを意味します。

養殖の環境負荷という新たな課題

ただし、養殖が万能の解決策ではないことも認識すべきです。大規模な養殖には以下のような環境負荷が伴います。

  • 海洋汚染: 過剰な餌や排泄物による富栄養化
  • 抗生物質使用: 密集飼育による病気予防の必要性
  • 餌の問題: 肉食魚の養殖には大量の小魚(飼料魚)が必要で、結局は天然資源に依存

養殖の餌問題:魚を育てるために魚を使う矛盾

ブリやマグロなどの肉食魚を1kg育てるには、**3~10kgの餌魚(イワシ、サバなど)**が必要です。これは「飼料転換効率(FCR: Feed Conversion Ratio)」と呼ばれ、養殖の持続可能性を測る重要指標です。

つまり、養殖魚を食べることは、間接的に大量の天然魚を消費していることになります。この矛盾を解決するため、以下の技術開発が進められています。

  • 昆虫由来飼料(ハエの幼虫など)
  • 藻類由来タンパク
  • 植物性タンパク(大豆ミールなど)
  • 人工飼料の高度化

こうした課題に対し、昆虫由来や藻類由来の飼料開発、陸上養殖技術、循環型養殖システムなどの研究が進められています。


第9章 肉食文化に見る世界と日本の違い

大陸型畜産と肉の「日常化」

肉に目を向けると、世界と日本の違いが際立ちます。広大な土地をもつ地域では大規模畜産が成立し、肉は日常的で安価な食材となりました。

北米、南米、オーストラリア、ヨーロッパの一部では、広大な草地、低い人口密度、飼料作物の大量生産を背景に、肉は主食に近い位置づけとなっています。

日本の畜産:制約の中の質的最適化

一方、日本は本質的に畜産に不向きな国です。

  • 山が多く平地が少ない
  • 草地が乏しい
  • 飼料を輸入に頼る
  • 人口密度が高い

それでも畜産が成立してきたのは、規模ではなく質で成立させてきたからです。

和牛という「小規模農業の極致」

和牛、とりわけ霜降り肉は、一頭ごとの丁寧な管理、長い飼育期間、高い労力投入を前提とします。これは大規模化と真逆の畜産であり、日本の農業構造そのものの産物です。

関連記事:日本の地域産業では、各地域の風土や歴史が、その土地独自の産業構造を生み出してきた過程が詳述されています。和牛文化もまた、日本の地理的・文化的制約の中で最適化された農業のかたちなのです。

日本短角牛の再評価

日本短角牛は、東北・寒冷地での放牧を活かした飼養、脂肪が少なく赤身主体という特徴をもちます。これは霜降り志向とは異なりますが、世界的な赤身肉志向や持続可能な畜産という観点では、むしろ現代的です。

「少量を大切に食べる」文化

日本では長く、肉は非日常、ハレの日の食、ごちそうとして位置づけられてきました。この文化的記憶は現代にも残っており、薄切り、少量、風味を楽しむという食べ方に表れています。

これは肉を主役にしすぎない肉食文化とも言え、大量消費とは異なる価値観を示しています。


第10章 狩猟と養殖のあいだで

二者択一ではない未来

狩猟と養殖は、しばしば対立概念として語られます。しかし実際には、どちらか一方だけでは持続可能な食は成立しません。

必要なのは、

  • 管理された天然資源(持続可能な漁業)
  • 持続可能な養殖(環境負荷の低減)
  • 未活用資源の循環利用(フードロスの削減)
  • 代替タンパク源の開発(新技術への投資)

を組み合わせる視点です。

気候変動時代の不確実性とどう向き合うか

レジームシフトや海洋環境の根本的変化により、従来の資源管理の前提が崩れつつあります。この不確実性にどう対応するかが、現代の大きな課題です。

1. 予測技術の高度化

海洋観測、人工衛星データ、AI解析などにより、回遊ルートや資源量の予測精度を向上させる試みが進んでいます。しかし、予測できることと制御できることは別です。

2. 柔軟な漁業システム

特定魚種への依存を減らし、複数魚種を扱える多角的な漁業経営が求められています。「サンマが獲れなければイワシ」「イワシが獲れなければサバ」という柔軟性です。

ただしこれは、長年培った専門技術の放棄を意味する側面もあり、漁業者にとって容易ではありません。

3. 国際協調と資源管理

公海での乱獲を防ぐには、国際的な資源管理の枠組みが不可欠です。サンマについては「北太平洋漁業委員会(NPFC)」で漁獲枠が議論されていますが、各国の利害対立により実効性は限定的です。

4. 消費者の意識変化

「旬の魚を食べる」「獲れる魚を食べる」という柔軟性が、消費者側にも求められます。しかし「サンマがないと秋じゃない」という文化的期待は根強く、需要の平準化は困難です。

すべてを管理することの危うさ

すべてを養殖できる世界は、一見すると安定しているように見えます。しかし、季節感、旬、来遊を待つ緊張感といった文化は、狩猟的食材によって保たれてきました。

完全に管理された食システムは、効率的である反面、生態系の変化を感知する感受性を失わせるリスクも持っています。

サンマが来ないことの意味

サンマの不漁は、単なる「美味しい魚が食べられない」という問題ではありません。それは、

  • 海洋環境の変化
  • 国際的な資源競争
  • 沿岸漁業の衰退
  • 食文化の喪失

という複合的な社会変動の象徴なのです。

養殖で完全に代替できてしまえば、こうした自然からのシグナルを見逃すことになります。

「不敵な食材」が残す意味

養殖できない、あるいは養殖する意味のない生き物たちは、人間がいまだ自然の一部であることを思い出させる存在です。彼らが存在し続けることで、私たちは自然の大きさを忘れずにいられます。

完全管理社会は効率的ですが、予想外の変化に脆弱です。狩猟的な食材が残ることは、システムの冗長性を保つ意味でも重要なのです。


終章 食は自然との交渉の歴史である

管理と共生のバランス

人類の食は、確かに狩猟から農業、養殖へと進化してきました。しかし同時に、すべてを管理しきれない存在が残ることで、人間は自然の大きさを忘れずにいられます。

サンマが来ないことに不安を覚え、和牛を「ごちそう」と感じる感覚は、人間がいまだ自然の一部として生きている証拠です。

新たなタンパク源の模索

世界人口は2050年に100億人に達すると予測されており、既存の畜産・漁業だけでは食料需要を満たせない可能性が高まっています。この「プロテインクライシス(タンパク質危機)」に対し、以下のような技術開発が進められています。

  • 培養肉: 動物の細胞を培養して肉を生産
  • 昆虫食: コオロギなど高効率なタンパク源
  • 植物由来代替肉: 大豆や豌豆を原料とした製品
  • 藻類タンパク: スピルリナなど

これらは狩猟でも養殖でもない「第三の食料生産」として位置づけられつつあります。

技術と文化の統合

食もまた、生物学、化学、経済学、文化人類学が絡み合う「統合的なシステム」として理解する必要があります。日常の中にある科学の仕組みを読み解く視点は、食の領域でも不可欠です。

これからの食を考える

食とは単なる消費ではありません。それは、自然と人間がどこまで歩み寄れるかを問い続けてきた文化史そのものです。

狩猟と養殖、天然と管理、伝統と革新。これらは対立するものではなく、互いに補完し合いながら、持続可能な未来を築くための要素です。

私たちが日々の食事で何を選び、どう食べるかは、単なる個人の嗜好ではなく、自然との関係をどう築くかという文明的選択なのです。


参考文献・関連リンク

サイト内関連記事

この記事で扱えなかったテーマ(今後の展開可能性)

食の持続可能性や生産技術に興味を持たれた方へ、以下のようなテーマも今後扱う価値があります。

  • 気候変動と食料生産: 温暖化が農業・漁業・畜産に与える具体的影響
  • 食のエネルギーコスト: 生産から流通まで、どれだけのエネルギーが必要か
  • グローバル化と食料安全保障: 世界の食料需給と日本の位置づけ
  • 代替タンパク質の科学: 培養肉・昆虫食・植物性タンパクの技術的可能性
  • 水産資源管理の国際政治: 公海漁業、違法漁業、資源の奪い合い

この記事が「暮らしの背後にある仕組み」を理解する一助となれば幸いです。

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