私たちが日々口にする食べ物は、大きく二つの異なる起源をもっています。一つは「自然の中で育ったものを獲る」狩猟的な食、もう一つは「人間が管理し育てた」農業的な食です。
鶏肉や牛肉はスーパーで並んでいますが、これらはすべて人間が完全に管理した家畜から得られたものです。一方で、秋刀魚や鰹といった魚の多くは、今でも海で自然に育ったものを獲っています。同じ動物性タンパク質でありながら、なぜこれほど生産の仕組みが異なるのでしょうか。
本稿では、人類の食が狩猟から農業・養殖へと移行してきた歴史を振り返りながら、現代における食料生産の構造と、これから直面する課題について考えます。
食の原点としての狩猟
人類の食の出発点は、狩猟と採集にあります。移動しながら獣や鳥、魚を追い、季節と環境の変化に身を委ねて生きる。獲物は人間の都合で現れるものではなく、自然の側が主導権を握っていました。
渡り鳥や回遊魚はその典型です。彼らは特定の季節に特定の場所に現れますが、それは気候や水温、餌の分布といった複雑な生態系の条件が整ったときだけです。人間にできることは、その「来遊のタイミング」を経験的に学び、待つことだけでした。
狩猟とは単なる力仕事ではなく、高度な観察と推論を必要とする営みです。動物の足跡を読み、風向きを読み、季節の変化を読む。この知識は世代を超えて蓄積され、食文化の基盤となりました。
農業と家畜化がもたらした転換
やがて人類は、特定の動植物を囲い込み、繁殖や成長を管理する方法を獲得します。穀物は植えれば実り、牛や豚、鶏は人間の生活圏の中で世代を重ねるようになりました。
獣肉は狩猟の対象ではなく、明確に農業生産物として位置づけられるようになったのです。
すべての動物が家畜化できたわけではありません。家畜として成功した種には、いくつかの共通点があります。
- 群れで生活する社会性(序列構造が利用できる)
- 温和な性格(攻撃性が低い)
- 人間の生活圏で繁殖可能(特殊な環境条件を必要としない)
- 雑食性または草食性(餌の確保が容易)
- 成長が比較早い(経済的に成立する)
牛、豚、鶏、羊、山羊などはこれらの条件をおおむね満たしていました。一方、シカは部分的にしか家畜化されず、野生のままの個体を狩猟する対象であり続けました。
肉食文化に見る世界と日本の違い
肉に目を向けると、世界と日本の違いが際立ちます。広大な土地をもつ地域では大規模畜産が成立し、肉は日常的で安価な食材となりました。北米、南米、オーストラリア、ヨーロッパの一部では、広大な草地、低い人口密度、飼料作物の大量生産を背景に、肉は主食に近い位置づけとなっています。
一方、日本は本質的に畜産に不向きな国です。
- 山が多く平地が少ない
- 草地が乏しい
- 飼料を輸入に頼る
- 人口密度が高い
それでも畜産が成立してきたのは、規模ではなく質で成立させてきたからです。
和牛、とりわけ霜降り肉は、一頭ごとの丁寧な管理、長い飼育期間、高い労力投入を前提とします。これは大規模化と真逆の畜産であり、日本の農業構造そのものの産物です。日本では長く、肉は非日常、ハレの日の食、ごちそうとして位置づけられてきました。この文化的記憶は現代にも残っており、薄切り、少量、風味を楽しむという食べ方に表れています。これは肉を主役にしすぎない肉食文化とも言え、大量消費とは異なる価値観を示しています
魚はなぜ長く狩猟のままだったのか
獣肉が家畜化された一方で、魚は長く狩猟の対象にとどまりました。その最大の理由は、海という広大で不可視の空間にあります。
陸上の家畜は柵で囲えば逃げませんが、サンマ、ブリ、マグロ、サバ、イワシ、サケ――これらはすべて回遊魚です。彼らは産卵に適した水温や環境を求め、成長段階ごとに餌が豊富な海域を移動します。
この回遊は、生存戦略として極めて合理的ですが、人間にとっては「いつ、どこに現れるか」がコントロールできないことを意味します。漁業は近代に至るまで本質的に狩猟であり、魚は「育てるもの」ではなく「来遊したものを獲るもの」だったのです。
回遊魚を対象とする中で、人間は「旬」という概念を育ててきました。多くの生物は繁殖に備えて特定の時期に栄養を蓄え、そのときにもっとも状態がよくなります。旬とは味覚の問題ではなく、生態のリズムを読み取り、自然に合わせて生きるための知恵であり、狩猟文化の結晶です。
資源枯渇という転機
二十世紀以降、漁業は大きく変質します。漁船や漁具の高性能化、冷凍技術や流通網の発達、世界的な魚食需要の増加により、漁獲は急激に拡大しました。「無尽蔵」に見えた海の資源が、多くの魚種で資源枯渇が問題となりました。マグロ、ウナギ、タラなど、商業的に重要な魚種の個体数は著しく減少しています。
この状況を受け、世界的に進められているのが管理漁業です。
- 漁期の制限(産卵期の保護)
- 漁獲量の上限設定(TAC: Total Allowable Catch)
- サイズ規制(未成熟個体の保護)
- 禁漁区の設定(資源回復エリアの確保)
これは「狩猟のルール化」と言えます。しかし、気候変動による環境の根本的変化に対しては、管理漁業だけでは対応しきれません。
気候変動による漁獲量の乱高下
資源枯渇に加えて深刻なのが、気候変動による漁獲量の劇的な変動です。特にサンマやイワシといった浮魚類(表層を泳ぐ魚)は、海洋環境の変化に極めて敏感です。
海洋学では「レジームシフト」と呼ばれる現象が知られています。これは海流や水温が数十年単位で大きく変化し、魚種の優占種が入れ替わる現象です。
日本近海では以下のパターンが観察されています。
- 1970年代後半~1980年代:イワシの大豊漁期(年間400万トン超)
- 1990年代~2000年代:イワシ激減、サンマ・サバが増加
- 2010年代~現在:サンマ激減、サバも不安定化
この変動は自然周期とも考えられますが、近年の変化は地球温暖化による海洋環境の根本的な変化が背景にあるとされています。サンマの漁獲量は、2008年には約35万トンでしたが、2020年代には3万トン前後まで激減しました。原因は複合的です。
- 海水温の上昇:北太平洋全体の水温変化
- 回遊ルートの変化:日本近海を通らず沖合を回遊
- 餌生物の減少:プランクトンの分布変化
- 国際的な乱獲:公海での大規模漁業
興味深いことに、2020年代に入りイワシの漁獲量が再び増加傾向にあります。これは数十年周期のレジームシフトの一環とも考えられますが、予測は極めて困難です。この不確実性が漁業経営を不安定にします。
- 豊漁時:価格暴落、加工能力の限界
- 不漁時:資源確保困難、経営悪化
漁業者は「獲れるときに獲る」しかなく、持続的管理との矛盾が生じます。
乱高下がもたらす社会的問題
食文化の断絶: サンマの塩焼き、イワシの煮付けといった庶民的な食文化が、価格高騰により「高級料理」化しています。これは単なる経済問題ではなく、世代を超えて継承されてきた食文化の断絶を意味します。
沿岸漁業の崩壊: サンマやイワシを主体としてきた漁港では、漁獲減少により廃業が相次いでいます。漁業技術や地域文化の継承が困難になり、地域社会そのものの衰退につながっています。
加工業・流通業への影響: 缶詰工場、干物加工業、飼料製造業など、関連産業全体に打撃が及びます。特に餌料用のイワシ不足は、養殖業にも波及します。
食料安全保障のリスク: 安価な動物性タンパク源の供給が不安定化することは、国民の栄養摂取に直結します。特に経済的に余裕のない層にとって、魚価の高騰は深刻な問題です。
海洋環境そのものが変化している以上、「適切に管理すれば資源は回復する」という前提自体が揺らいでいるのです。気候変動による環境の根本的変化に対しては、管理漁業だけでは対応しきれません。
養殖という「魚の農業化」
資源枯渇への根本的な対応として発展したのが養殖です。人工ふ化や飼料開発、水質管理、病気対策などの技術により、ブリ、タイ、サーモン、マグロなどは安定的に生産されるようになりました。養殖は、魚を狩猟の対象から生産物へと移行させる試みであり、魚の農業化とも言えます。ここで食は再び、不確実性から管理へと傾いていきます。
特に画期的だったのが完全養殖の成功です。通常の養殖は天然の稚魚を捕獲して育てますが、完全養殖は卵から成魚、そして次世代の卵まで、すべてを人工環境で管理します。
近畿大学は2002年にクロマグロの完全養殖サイクルを確立し、これは「天然資源に一切依存しない魚生産」が可能であることを示した画期的な成果であり、魚類の家畜化における大きな転換点です。
ただし、養殖が万能の解決策ではないことも認識すべきです。大規模な養殖には以下のような環境負荷が伴います。
- 海洋汚染: 過剰な餌や排泄物による富栄養化
- 抗生物質使用: 密集飼育による病気予防の必要性
- 餌の問題: 肉食魚の養殖には大量の小魚(飼料魚)が必要で、結局は天然資源に依存
養殖による環境負荷は、経済的効率を優先した結果、環境への影響が後回しにされるという課題もあります。
ブリやマグロなどの肉食魚を1kg育てるには、3~10kgの餌魚(イワシ、サバなど)が必要です。これは「飼料転換効率(FCR: Feed Conversion Ratio)」と呼ばれ、養殖の持続可能性を測る重要指標です。つまり、養殖魚を食べることは、間接的に大量の天然魚を消費していることになります。この矛盾を解決するため、以下の技術開発が進められています。
- 昆虫由来飼料(ハエの幼虫など)
- 藻類由来タンパク
- 植物性タンパク(大豆ミールなど)
- 人工飼料の高度化
こうした課題に対し、陸上養殖技術、循環型養殖システムなどの研究が進められています。
養殖できない、しない生き物たち
ウナギは養殖の限界を象徴する魚種です。日本で流通するウナギの大部分は養殖ですが、「ウナギ養殖」は以下のプロセスです。
- 天然の稚魚(シラスウナギ)を河口で捕獲
- それを養殖池で育てる
- 成魚として出荷
つまり、天然資源に完全に依存した養殖なのです。天然のシラスウナギ漁獲量は、1960年代の約10分の1に激減しています。ニホンウナギは国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで「絶滅危惧IB類」に指定されています。それでも「土用の丑の日」の文化的需要は根強く、価格高騰を招いています。ウナギは、文化的価値が資源管理を困難にしている典型例です。
ウナギは極めて複雑な生活史を持ちます。
- 産卵場所:マリアナ海溝付近の深海(推定)
- 産卵条件:水深200-300m、特定の水温・塩分濃度
- 仔魚期間:レプトセファルス(葉形仔魚)として数千キロを漂流
- 変態:シラスウナギへの変態条件が不明確
2010年に水産研究・教育機構が人工孵化から成魚までの完全養殖に成功しましたが、1匹あたりの生産コストは市場価格の数百倍に達するとされています。
キンメダイやアカムツ(ノドグロ)など一部の深海魚は高級魚として人気ですが、養殖研究はほとんど進んでいません。
- 水圧への適応:数百気圧の環境に適応した生理機構
- 餌生物の特殊性:深海特有の餌環境の再現困難
- 繁殖行動の謎:多くの種で産卵場所すら不明
- 成長の遅さ:数十年かけて成熟する種も多い
深海という環境そのものが、人間の技術的到達範囲の外にあるのです。
サンマやイワシは経済的に成立しない典型です。
- 成長が早く単価が低い:数ヶ月で成熟、1匹数十円
- 餌コストの問題:餌代が販売価格を上回る
- 群れ行動が前提:大規模な水槽が必要
- 天然資源の方が安い:漁船で大量に獲る方が効率的
ただし、この前提は天然資源が安定していることが条件です。近年、その前提が崩れつつあります。
未活用資源と循環という発想
持続可能な食を考える上で重要なのは、単に養殖を拡大することではありません。未活用資源という視点が不可欠です。
- 未利用魚:商業的に価値が低いとされる魚種
- 規格外サイズ:市場規格に合わない個体
- 加工残渣:骨、皮、内臓など
これらは技術と発想次第で活用できる可能性を持っています。
日本の沿岸で獲れるが流通していない魚は数多くあります。
流通しない理由
- 知名度が低い(地方名しかない)
- 見た目が悪い(グロテスク、色が悪い)
- 棘や毒がある(処理が面倒)
- まとまった量が獲れない(流通コストが合わない)
- 傷みが早い(鮮度維持が困難)
具体的な未利用魚の例
- アイゴ:磯臭さがあるが、適切に処理すれば美味
- ウマヅラハギ:カワハギの仲間だが知名度が低い
- ニベ:大型になるが流通量が少ない
- イシモチ類:骨が多いが身は美味
- エソ:見た目が悪いが、すり身にすると良質
活用への試み
- 加工品化(すり身、レトルト、冷凍)
- ブランディング(「地魚」「希少魚」としての価値創出)
- 学校給食への導入(食育との連携)
- 飼料化(養殖魚の餌として利用)
フードロスと資源循環
発酵、乾燥、塩漬けといった伝統的な食品加工技術は、資源を最大限に活用するための知恵でした。これらの技術の詳細については調理技術の進化の歴史を参照してください。現代においても、この循環の思想は重要です。「獲る量を増やす」のではなく「使い切る」方向への転換こそが、持続可能な食の鍵となります。
日本の伝統的な魚食文化には、徹底した「使い切り」の思想がありました。
- 刺身・切り身:最良の部位
- 煮付け・焼き物:中間部位
- アラ汁:頭・骨・内臓
- 魚粉・肥料:最終残渣
この循環システムが、流通の効率化と消費者の嗜好変化により失われつつあります。スーパーで切り身だけを買う消費行動は、便利である反面、大量の食用可能部位を流通段階で廃棄していることを意味します。
新たなタンパク源への挑戦
世界人口は2050年に100億人に達すると予測されており、既存の畜産・漁業だけでは食料需要を満たせない可能性が高まっています。この「プロテインクライシス(タンパク質危機)」に対し、新たな食料生産技術が開発されています。
これらは狩猟でも養殖でもない「第三の食料生産」として位置づけられつつあります。これらの新技術は、技術的可能性だけでなく、文化的受容性という大きな壁に直面しています。「食べ物」として何を受け入れるかは、科学や経済だけでは決まらない、深い文化的・心理的要素を含んでいます。
培養肉: 動物の細胞を培養して肉を生産する技術です。家畜を飼育せずに肉を得られるため、土地利用、水消費、温室効果ガス排出を大幅に削減できる可能性があります。ただし、コストと技術的課題は依然として大きく、商業化は限定的です。
昆虫食: コオロギ、ミールワームなど、高効率なタンパク源として注目されています。飼料転換効率が牛や豚よりはるかに高く、環境負荷が小さいのが特徴です。文化的抵抗感の克服が課題です。
植物由来代替肉: 大豆や豌豆を原料とした製品で、すでに商業化が進んでいます。肉の食感や風味を再現する技術が向上しており、ベジタリアンやヴィーガン以外にも受け入れられつつあります。
藻類タンパク: スピルリナなど、光合成によって効率的にタンパク質を生産する藻類の利用です。栄養価が高く、生産効率も優れていますが、味や食感の改善が課題です。
二者択一ではない未来
狩猟と養殖は、しばしば対立概念として語られます。しかし実際には、どちらか一方だけでは持続可能な食は成立しません。
必要なのは、
- 管理された天然資源(持続可能な漁業)
- 持続可能な養殖(環境負荷の低減)
- 未活用資源の循環利用(フードロスの削減)
- 代替タンパク源の開発(新技術への投資)
を組み合わせる視点です。
海洋環境の根本的変化により、従来の資源管理の前提が崩れつつあります。この不確実性にどう対応するかが、現代の大きな課題です。
特定魚種への依存を減らし、複数魚種を扱える多角的な漁業経営が求められています。「サンマが獲れなければイワシ」「イワシが獲れなければサバ」という柔軟性です。ただしこれは、長年培った専門技術の放棄を意味する側面もあり、漁業者にとって容易ではありません。
「獲れる魚を食べる」という柔軟性が、消費者側にも求められます。一方で、不漁は、単なる「美味しい魚が食べられない」という問題ではありません。
- 海洋環境の変化
- 国際的な資源競争
- 沿岸漁業の衰退
- 食文化の喪失
という複合的な社会変動にもなります。
まとめ
人類の食は、確かに狩猟から農業、養殖へと進化してきました。しかし同時に、すべてを管理しきれない存在が残ることで、人間は自然の大きさを忘れずにいられます。
食とは単なる消費ではありません。それは、自然と人間がどこまで歩み寄れるかを問い続けてきた歴史そのものです。食もまた、生物学、化学、経済学、文化人類学が絡み合う「統合的なシステム」として理解する必要があります。
狩猟と養殖、天然と管理、伝統と革新。これらは対立するものではなく、互いに補完し合いながら、持続可能な未来を築くための要素です。
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