19世紀末から20世紀中盤にかけて、世界中で「超能力」や「霊的現象」は真剣に研究されていました。
しかも、ケンブリッジ大学、ハーバード大学、東京帝国大学――名だたる学術機関の研究者が、幽霊や念力を検証しようとしていたのです。
なぜ科学者たちは「オカルト」に本気になったのでしょうか。本記事では、忘れられた「超能力研究」の歴史を辿ります。
超能力研究の黄金時代――1880年代から1930年代
超能力研究が最も盛んだったのは、1880年代から1930年代にかけての約50年間。第一次世界大戦前後がピークである。
当時、科学は急速に発展していた。電気、電波、X線といった「目に見えない力」が次々と発見され、人々は世界の理解を根本から更新していた。心理学や神経科学も、ようやく独立した学問として確立されつつあった時期でした。
この状況下で、「意識」や「心」がどのように働くのか、そして物質世界とどう関係するのかは、まだ誰も答えを持っていない大きな謎だった。だからこそ、幽霊や超能力も「否定される前の未検証領域」として扱われていました。
超能力研究の対象
自動書記(無意識に文字を書く)、死者との交信、心霊写真、ポルターガイスト現象、テレパシー(思考伝達)、透視(遠隔の物体を見る)、予知、念力(物体移動)、深い催眠状態での人格変化、記憶の抑圧と解離、トランス状態などが研究された。
1882年に心霊研究協会にケンブリッジ大学の関係者が中心となって運営された。
アメリカ心霊研究協会はハーバード大学の関係者が主導し、心霊写真や霊媒を徹底的に調査した。
重要なのは、当時の研究者たちは「これは錯覚か、詐欺か、それとも未知の心理現象か」を検証しようとしていた。
日本の超能力の研究―千里眼事件
日本でも明治から大正期にかけて超能力研究が行われていた。その中心人物が福来友吉(1869–1952)である。
福来は東京帝国大学の心理学研究者として、「千里眼」と「念写」を研究した。念写とは、思念によって写真フィルムに画像を感光させる能力のこと。しかし、最初の被験者・御船千鶴子は1911年に服毒自殺し、長尾郁子も同年に肺炎で死亡。その後、福来は新たな被験者と実験を続けたが、1915年に辞職に追い込まれた。
『リング』では、「千里眼事件」を思わせる設定が登場する。また、作中の「山村貞子」という名前は、福来友吉の研究に関わった人物から着想を得た可能性が指摘されている。つまり貞子は、実在の念写研究と、その悲劇的な歴史を背景に持つキャラクターと言える。
超能力研究が科学に残したもの
超能力研究が衰退した理由は明確だ。再現性がなかったのである。
何度実験を繰り返しても、統計的に有意な結果は得られなかった。トリックが次々と暴かれ、心理学と神経科学の進展によって、多くの現象が「錯覚」「暗示」「記憶の歪み」「詐欺」で説明可能になった。
1930年代以降、超能力研究は次第に学術の主流から外れていく。ただし、これは研究が「無駄だった」ことを意味しない。科学の発展には「失敗から学ぶ」プロセスが不可欠だからだ。
超能力研究は「失敗」したが、その過程で以下のような重要な方法論や概念を生み出した。
- 実験心理学の発展
- 二重盲検法(実験者も被験者も条件を知らない状態での検証)
- 統計検定の洗練
- プラセボ効果の研究
- 無意識の科学的理解
これらはすべて、超能力を検証しようとする過程で磨かれた技術である。
つまり、オカルトは科学を鍛える踏み石だったのだ。
おわりに――なぜ今、この歴史を振り返るのか
超能力研究の歴史を振り返ると、科学と未解明現象の境界がいかに流動的で、時代とともに変化するものかがわかる。19世紀末の科学者たちにとって、幽霊や超能力は「まだ解明されていない現象」だった。
現代では、AI、脳科学、量子力学といった新しい領域が、かつての超能力研究と似た位置にある。「意識とは何か」「AIは心を持つのか」「未来は予測可能か」――これらの問いは、形を変えた「超能力研究」なのかもしれない。
現代社会を生き抜くための思考のOSで論じたように、科学リテラシーとは知識の暗記ではなく、こうした問いに向き合う姿勢そのものだ。
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