特許制度創設100周年を記念し選出された「日本の十大発明家」。高度な専門知を社会に共通する価値へと変換した先人たちの足跡。彼らの功績は、単なる過去の記録ではなく、今日の巨大産業や日常を支える不可欠な「基盤」として機能しています。
はじめに
科学の知見は、実験室の中だけでは人々の暮らしを変えない。「発見」が「発明」へ、そして「社会実装」へと至る道のりこそが、技術立国・日本の真価である。
戦後日本が急速な復興と成長を遂げた背景には、基礎研究から応用技術、そして量産・普及に至るまでの一貫したイノベーションの系譜がある。本稿では、特許制度創設100周年を機に選定された「日本の十大発明家」、そして発明協会が認定した「戦後日本のイノベーション100選」をもとに、科学技術がいかにして世界を変えてきたかを振り返る。
発明とは何か――科学的発見と社会的価値の接点
科学的な発見それ自体は、必ずしも人々の生活を直接変えるわけではない。たとえば、電磁誘導の法則を発見したファラデーに「それは何の役に立つのか」と問われた際の返答として、「生まれたばかりの赤ん坊に、何の役に立つかと尋ねるようなものだ」という逸話が伝えられている(ただし複数のバージョンがあり、史実としては確定していない)。
しかし、その「赤ん坊」はやがて発電機やモーターという形で第2次産業革命(電気の時代)の基盤となり、電気が「日常」となった。つまり、発明とは「科学的知見」を「社会が使える形」に翻訳する営みである。
なぜ日本は「社会実装」に強かったのか
日本の強みは、必ずしも基礎科学の発見にあったわけではない。むしろ、海外の技術を吸収し、日本の現場に合わせて改良し、量産化する能力にあった。
- 豊田佐吉の自動織機は、欧米の技術を研究し尽くした上で、糸切れを自動検知する「自働化」を実現した。
- ソニーのトランジスタラジオは、ベル研究所の発明を小型化し、世界市場を席巻した。
- トヨタ生産方式は、フォードの大量生産を参考にしつつ、「ジャストインタイム」という独自の哲学で効率を極めた。
これらはすべて、「科学的知見を現場に落とし込む力」――すなわち実装力の結晶である。
しかし同時に、日本が抱えてきた課題も見過ごせない。基礎研究への投資減少、ソフトウェア分野での遅れ、「失われた30年」の中で技術力の低下が指摘されている。本稿では、その光と影の両面を見据えながら、技術史を読み解いていく。
本稿の構成と視点
本稿では、以下の流れで日本の技術史を俯瞰する。
- 日本の十大発明家(1985年選定)――産業基盤を築いた先駆者たち
- 戦前の顕彰(1930年・1939年)――軍事技術と民生技術の交錯
- 戦後のイノベーション100選(1945年~2000年代)――高度成長から情報化社会へ
- 2000年代以降と未来技術――デジタル革命と次世代エネルギー
各時代の技術が「なぜ生まれ、何を変えたのか」を読み解きながら、私たちが今日享受している「当たり前」がいかにして築かれたかを再認識したい。
第1章:産業の礎を築いた「日本の十大発明家」(1985年選定)
1985年(昭和60年)、日本の産業財産権制度が創設100周年を迎えた。これを記念し、通商産業省(現・経済産業省)主導で「日本の十大発明家」が選定された。現在も特許庁1階ロビーに肖像レリーフが展示されている。
表1:日本の十大発明家と現代への影響
| No. | 氏名 | 発明・貢献 | 当時の所属・背景 | 現在にも残る製品・技術 | 関連企業・例 |
|---|---|---|---|---|---|
| ① | 豊田 佐吉 | 自動織機(自働化) | 個人工房・豊田式織機製作所 | 自動車・産業ロボット・生産ラインの思想 | トヨタ自動車、豊田自動織機 |
| ② | 御木本 幸吉 | 養殖真珠 | 御木本真珠店(創業者) | 養殖真珠ジュエリー | ミキモト |
| ③ | 高峰 譲吉 | アドレナリン結晶化・消化酵素製剤 | 工部大学校卒業後、渡米 | 医療用ホルモン薬・酵素製剤 | 武田薬品工業、第一三共 |
| ④ | 池田 菊苗 | うま味(グルタミン酸) | 東京帝国大学教授 | 調味料・加工食品 | 味の素 |
| ⑤ | 鈴木 梅太郎 | ビタミンB₁(脚気予防) | 東京帝国大学農科大学など | ビタミン剤・栄養補助食品 | 大塚製薬、明治 |
| ⑥ | 杉本 京太 | 邦文タイプライター | 個人発明家・技術者 | 日本語文字処理技術の先駆け | 富士通、NEC |
| ⑦ | 本多 光太郎 | KS鋼(磁性材料) | 東北帝国大学教授・研究所 | モーター・発電機・EV部品 | 日立製作所、東芝 |
| ⑧ | 八木 秀次 | 八木・宇田アンテナ | 東北帝国大学教授 | テレビアンテナ・通信機器 | NEC、ソニー |
| ⑨ | 丹羽 保次郎 | 写真電送(ファクス原型) | NHK技術研究所系 | ファクス・複合機・スキャナ | キヤノン、リコー |
| ⑩ | 三島 徳七 | MK磁石鋼 | 東京帝国大学教授 | スピーカー・電子部品 | TDK、村田製作所 |
この時代の意義:「日本発」の基盤技術
この10人の発明家に共通するのは、基礎研究と産業応用の両立である。
- 本多光太郎や三島徳七は、大学の研究室で磁性材料を開発しつつ、それを企業と連携して実用化した。
- 池田菊苗は、昆布のうま味成分を科学的に解明し、味の素という一大産業を生み出した。
- 豊田佐吉は、現場の課題(糸切れの検知)を技術で解決し、「自働化」という概念を確立した。
これらはすべて、「科学的知見」が「社会的価値」へと転換された瞬間と言えるだろう。
注: この時代、女性技術者・研究者の活躍は社会構造上記録されにくかったが、実際には多くの女性が技術発展に貢献していた点も付記しておく。
第2章:戦前の技術開発(1930年・1939年選定)
戦前の日本では、1930年(昭和5年)と1939年(昭和14年)の2回にわたり、「日本の十大発明家」が顕彰された。
表2:戦前に顕彰された発明家たち
| 年 | 氏名 | 主な発明/技術 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1930年(昭和5年) | 鈴木 梅太郎 | 糠中のビタミンB1製造法 | ビタミンB₁の発見と製造法として評価 |
| 杉本 京太 | タイプライター | 邦文タイプライター開発 | |
| 御木本 幸吉 | 真珠養殖技術 | 真珠素質被着法・養殖技術 | |
| 山本 忠興 | テレビジョン | 初期のテレビ関連技術 | |
| 密田 良太郎 | 水銀避雷器 | 避雷器の技術 | |
| 蠣崎 千晴 | 牛痘ワクチン | ワクチン関連技術 | |
| 二代目 島津 源蔵 | 蓄電池 | 蓄電池技術 | |
| 本多 光太郎 | KS鋼 | 磁性材料(永久磁石鋼) | |
| 田熊 常吉 | ボイラー | ボイラー技術 | |
| 丹羽 保次郎 | 写真電送方式 | NE式写真電送機など | |
| 1939年(昭和14年) | 三島 徳七 | MK鋼 | 磁石鋼素材 |
| 大河内 正敏 | ピストンリング | 自動車部品 | |
| 岡村 金蔵 | 油母頁岩 乾留法 | 石油関連技術 | |
| 梅根 常三郎 | 赤褐鉄鉱選鉱法 | 鉱石精製法 | |
| 棚橋 寅五郎 | 無機薬品製法 | 化学製法技術 | |
| 安藤 博 | 多極真空管 | 真空管技術 | |
| 浅尾 荘一郎 | 光電管 | 光検出管 | |
| 古賀 逸策 | 水晶振動子 | 石英振動子発振技術 | |
| 岡部 金治郎 | マグネトロン | 電磁波発生装置 | |
| 朝比奈 泰彦 | ビタカンファー | 化学・製法技術 |
この時代の背景:軍事技術と民生技術の交錯
1930年代は、日本が軍国主義へと傾斜していく時代でもあった。真空管、マグネトロン、水晶振動子といった技術は、後にレーダーや無線通信として軍事利用されたが、同時に戦後のラジオ、テレビ、通信機器の基盤ともなった。
技術それ自体に善悪はない。しかし、それをどう使うかは社会の選択である。戦後日本が「平和国家」として技術を民生利用に振り向けたことは、歴史的に大きな意味を持つ。
第3章:「戦後日本のイノベーション100選」に見る社会実装の系譜
2014年、発明協会が創立110周年を記念して選定した「戦後日本のイノベーション100選」は、単なる技術リストではない。「技術+量産+普及モデル」の成功例を評価したものである。
イノベーションの定義
「経済的な活動であって、その新たな創造によって、歴史的社会的に大きな変革をもたらし、その展開が国際的、あるいはその可能性を有する事業。その対象は発明に限らず、ビジネスモデルやプロジェクトを含み、またその発明が外来のものであっても、日本で大きく発展したものも含む」
つまり、発明だけでなく、それを社会に根付かせたビジネスモデルや普及戦略も評価対象である。
3-1. アンケート投票トップ10――国民が選んだ「日常を変えた技術」
| No | イノベーション | 代表的な人物 | 発明・実用化年代 | 関連企業・組織 | 概要 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 内視鏡 | 高木国敬、杉浦睦夫、中坪寿雄 | 1950年代 | オリンパス(旧 高千穂製作所)、東京大学医学部 | 胃カメラからファイバースコープ、カプセル内視鏡へと進化。世界市場で圧倒的シェアを占め、医療現場と予防医学に革命をもたらした |
| 2 | インスタントラーメン | 安藤百福 | 1958年 | 日清食品 | チキンラーメンが新市場を創出。世界で年間1000億食以上が消費される即席食品の代表格に |
| 3 | マンガ・アニメ | 手塚治虫ほか | 1960年代 | 虫プロダクション、出版社各社 | 日本独自の表現文化として発展し、世界的な文化輸出産業へと成長 |
| 4 | 新幹線 | 島秀雄 | 1964年 | 国鉄(現JR)、川崎重工、日立製作所 | 世界初の高速鉄道システム。安全性と定時性で世界の鉄道技術をリード |
| 5 | トヨタ生産方式 | 大野耐一、豊田英二 | 1950年代~ | トヨタ自動車 | ジャストインタイム、カンバン方式など。世界の製造業に影響を与えた生産管理手法 |
| 6 | ウォークマン® | 盛田昭夫、大賀典雄 | 1979年 | ソニー | 携帯音楽プレーヤーの概念を創出。音楽の楽しみ方を変革 |
| 7 | ウォシュレット® | ― | 1980年 | TOTO | 温水洗浄便座として世界に普及。日本の衛生文化を象徴する製品 |
| 8 | 家庭用ゲーム機・同ソフト | 山内溥、横井軍平 | 1983年~ | 任天堂、ソニー、セガ | ファミリーコンピュータをはじめとする家庭用ゲーム市場を創出 |
| 9 | 発光ダイオード(青色LED) | 赤崎勇、天野浩、中村修二 | 1990年代 | 名城大学、豊田合成、日亜化学工業 | 三原色の完成により白色LED実現。照明革命とノーベル賞受賞 |
| 10 | ハイブリッド車 | 内山田竹志 | 1997年 | トヨタ自動車 | プリウスで世界初の量産化。環境対応車として累計300万台超を販売 |
トップ10から読み取れること
- 医療(内視鏡)、食(インスタントラーメン)、娯楽(マンガ・ゲーム)、移動(新幹線・ハイブリッド車)、生活の質(ウォシュレット・ウォークマン)――すべて「日常の当たり前」を作り出した技術である。
- これらは**「便利さ」だけでなく、「新しい文化」や「生活様式」を生み出した**点で評価されている。
3-2. 戦後復興期(1945年~1954年):焼け跡からの再建
| No | イノベーション | 主な開発者・企業 | 実用化年代 | 概要 |
|---|---|---|---|---|
| 11 | 魚群探知機 | 古野電気 | 1948年 | 超音波技術を応用し、漁業の効率化に貢献 |
| 12 | 溶接工法ブロック建造方式 | 造船各社 | 1940年代後半 | 船舶建造の効率化と品質向上を実現 |
| 13 | ビニロン | クラレ、桜田一郎 | 1950年 | 日本初の合成繊維。漁網などに活用 |
| 14 | フェライト | TDK、武井武、加藤与五郎 | 1930年代発明、戦後実用化 | 磁性材料として電子機器に不可欠な素材 |
| 15 | ファスナー | YKK、吉田忠雄 | 1950年代 | 世界シェアトップの技術力で衣料品産業を支える |
| 16 | 銑鋼一貫臨海製鉄所 | 新日本製鐵(現日本製鉄) | 1950年代 | 大量生産体制を確立し、高度成長を支えた |
この時代の意義:「ものづくり」の基盤整備
敗戦後の日本は、食料や住居すら不足する状況だった。しかし、漁業(魚群探知機)、繊維(ビニロン)、鉄鋼(臨海製鉄所)といった基幹産業を立て直すことで、復興の土台を築いた。
特に臨海製鉄所は、原料輸入から製品出荷まで一貫して行う「垂直統合型」のモデルで、後の日本経済を支える象徴的存在となった。
3-3. 高度経済成長期(1955年~1973年):「三種の神器」から「3C」へ
| No | イノベーション | 主な開発者・企業 | 実用化年代 | 概要 |
|---|---|---|---|---|
| 17 | 自動式電気炊飯器 | 東芝、三並義忠 | 1955年 | 家事労働の軽減に大きく貢献 |
| 18 | トランジスタラジオ | ソニー(東京通信工業) | 1955年 | 小型化により携帯可能なラジオを実現 |
| 19 | コシヒカリ | 農林水産省、新潟県農業試験場 | 1956年 | 日本を代表する米品種。食文化の基盤 |
| 20 | 回転寿司 | 白石義明(元禄産業) | 1958年 | 寿司の大衆化とチェーン展開を実現 |
| 21 | 公文式教育法 | 公文公 | 1958年 | 個人別・能力別学習システムとして世界に普及 |
| 22 | 小型(軽)自動車 | スバル、スズキ、ダイハツほか | 1950年代後半 | 庶民の足として自動車社会の基盤を築く |
| 23 | スーパーカブ | 本田技研工業、本田宗一郎 | 1958年 | 世界累計生産1億台超。モビリティ革命の象徴 |
| 24 | NC工作機械 | ファナック、稲葉清右衛門 | 1950年代後半 | 数値制御による精密加工技術の確立 |
| 25 | ヤマハ音楽教室 | ヤマハ、川上源一 | 1954年 | 音楽教育の普及と楽器市場の拡大に貢献 |
| 26 | 接ぎ木(野菜) | 全国農業試験場 | 1950年代 | 病害抵抗性と収量増加を実現 |
| 27 | 座席予約システム | 国鉄(現JR) | 1960年 | 世界初のオンライン座席予約システム「みどりの窓口」 |
| 28 | リンゴ「ふじ」 | 農林省園芸試験場東北支場 | 1962年 | 世界で最も生産されるリンゴ品種 |
| 29 | 人工皮革 | クラレ(クラリーノ)、東レ(エクセーヌ) | 1960年代 | 天然皮革の代替素材として多様な用途に展開 |
| 30 | 電子式卓上計算機 | シャープ、カシオ計算機 | 1964年 | 計算業務の効率化と小型化を実現 |
| 31 | 電子レンジ | シャープ、東芝ほか | 1960年代 | 調理時間の短縮と新しい調理法を提供 |
| 32 | 自脱型コンバインと田植機 | ヤンマー、クボタ、井関農機 | 1960年代 | 稲作の機械化により農業労働を大幅軽減 |
| 33 | 積層セラミックコンデンサ | 村田製作所、TDK、京セラ | 1960年代 | 電子機器の小型化・高性能化に不可欠な部品 |
| 34 | カラオケ | 井上大佑 | 1971年 | 娯楽文化として世界に広がる |
| 35 | 自動改札システム | オムロン(立石電機) | 1967年 | 鉄道の利便性向上と効率化に貢献 |
| 36 | 柔構造建築 | 鹿島建設、竹中工務店ほか | 1960年代 | 耐震技術の進化。高層ビル建設を可能に |
| 37 | 郵便物自動処理装置 | 東芝、日本電気 | 1968年 | 郵便業務の効率化と処理能力向上 |
| 38 | ヤクルト | 代田稔、ヤクルト本社 | 1935年発明、戦後普及 | 乳酸菌飲料の先駆け。健康志向飲料市場を開拓 |
| 39 | レトルト食品 | 大塚食品(ボンカレー) | 1968年 | 常温保存可能な調理済み食品として普及 |
| 40 | LNGの導入 | 東京ガス、大阪ガス、東京電力 | 1969年 | クリーンエネルギーとしての天然ガス利用開始 |
| 41 | クオーツ腕時計 | セイコー(諏訪精工舎) | 1969年 | 世界初の量産化。時計の精度革命 |
| 42 | ブラウン管テレビ | シャープ、ソニー、松下電器ほか | 1950年代~ | テレビの普及により情報・娯楽革命を実現 |
| 43 | 脱硫・脱硝・集じん装置 | 三菱重工、日立造船ほか | 1970年代 | 公害対策技術として環境改善に貢献 |
| 44 | 省エネ化 | 産業界全体 | 1970年代~ | オイルショック後の省エネ技術開発 |
| 45 | 電界放出形電子顕微鏡 | 日立製作所、江崎玲於奈 | 1968年 | 原子レベルの観察を可能にする |
| 46 | 産業用ロボット | 川崎重工、安川電機 | 1969年 | 自動化生産ラインの中核技術 |
| 47 | CVCCエンジン | 本田技研工業 | 1973年 | 世界初の排出ガス規制クリアエンジン |
| 48 | コンビニエンスストア | セブン-イレブン・ジャパン | 1974年 | 流通革命と24時間営業による生活利便性向上 |
この時代の意義:大衆消費社会の到来と環境問題への対応
1960年代、日本は「所得倍増計画」のもとで急速に豊かになった。家電三種の神器(白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫)、そして**3C(カー・クーラー・カラーテレビ)**が普及し、生活様式が一変した。
同時に、公害問題も深刻化した。四日市ぜんそく、水俣病、イタイイタイ病など、高度成長の「影」が顕在化する中、日本は脱硫・脱硝技術や排ガス規制対応エンジンを開発し、環境と経済の両立を図った。この経験は、後のハイブリッド車や省エネ技術へとつながる。
3-4. 安定成長期(1974年~1990年):オイルショックを乗り越えて
| No | イノベーション | 主な開発者・企業 | 実用化年代 | 概要 |
|---|---|---|---|---|
| 49 | オンラインセキュリティシステム | セコム | 1974年 | 機械警備システムの確立 |
| 50 | 電力用酸化亜鉛形ギャップレス避雷器 | 東芝、日立製作所 | 1975年 | 電力設備の保護技術革新 |
| 51 | 炭素繊維・炭素繊維複合材 | 東レ、東邦テナックス | 1970年代 | 航空機から自動車まで軽量高強度材料として展開 |
| 52 | 移動電話(自動車電話、音声符号化等) | NTT、各通信機器メーカー | 1979年 | モバイル通信の始まり |
| 53 | 高張力鋼 | 新日本製鐵ほか | 1970年代 | 自動車の軽量化と安全性向上に貢献 |
| 54 | 家庭用ビデオ(カセット) | ソニー(ベータマックス)、JVC(VHS) | 1975年 | 映像記録・再生を家庭に普及 |
| 55 | 宅急便 | ヤマト運輸、小倉昌男 | 1976年 | 個人宅配便市場を創出 |
| 56 | 三元触媒システム | トヨタ自動車、日産自動車ほか | 1977年 | 排出ガス浄化技術の確立 |
| 57 | イメージセンサー(CCD・CMOS) | ソニー、シャープ、パナソニック | 1970年代後半 | デジタルカメラの基盤技術 |
| 58 | 日本語ワードプロセッサ | 東芝、シャープ | 1978年 | 日本語文書作成の効率化 |
| 59 | 全自動横編機 | 島精機製作所 | 1978年 | ニット製品の製造革新 |
| 60 | フォトレジスト | 東京応化工業、JSR | 1970年代 | 半導体製造に不可欠な感光材料 |
| 61 | レーザープリンター | キヤノン | 1979年 | 高速・高品質印刷技術 |
| 62 | G3ファクシミリ | 松下電器、リコーほか | 1980年 | 通信の高速化とビジネス効率化 |
| 63 | 半導体露光装置(ステッパー) | ニコン、キヤノン | 1980年代 | 半導体の微細化を支える製造装置 |
| 64 | オーロラビジョン | 三菱電機 | 1980年 | 大型映像表示装置として公共空間を変革 |
| 65 | イベルメクチン | 大村智、メルク社 | 1981年 | 寄生虫症治療薬としてノーベル賞受賞 |
| 66 | インバーターエアコン | 東芝、三菱電機 | 1981年 | 省エネと快適性を両立 |
| 67 | カーナビゲーションシステム | ホンダ、パイオニア | 1981年 | 運転支援システムの先駆け |
| 68 | ATM | オムロン、日立製作所、富士通 | 1970年代~ | 銀行サービスの利便性向上 |
| 69 | CD・CD-R | ソニー、フィリップス | 1982年 | デジタル音楽記録媒体の標準化 |
| 70 | X線フィルムのデジタル化 | 富士フイルム、コニカ | 1983年 | 医療画像診断の効率化 |
| 71 | ネオジム磁石 | 住友特殊金属(現日立金属) | 1984年 | 高性能永久磁石としてモーター等に活用 |
| 72 | 3.5インチフロッピーディスク | ソニー | 1981年 | データ記憶媒体の小型化 |
| 73 | 直接衛星放送サービス | NHK、WOWOW | 1984年 | 衛星放送による多チャンネル化 |
| 74 | 家庭用カムコーダ | ソニー、松下電器 | 1985年 | 家庭用ビデオカメラの普及 |
| 75 | UMAMI | 味の素、池田菊苗 | 1908年発見、戦後国際化 | 第五の味覚として世界的に認知 |
| 76 | ラップトップ・ノートパソコン | 東芝、NEC、エプソン | 1985年 | コンピュータの携帯化 |
| 77 | プレハブ住宅 | 積水ハウス、大和ハウス工業 | 1960年代~ | 工業化住宅として品質安定と工期短縮 |
| 78 | 酵素入りコンパクト洗剤(アタック) | 花王 | 1987年 | 洗剤の性能向上と小型化 |
| 79 | 光通信用半導体レーザ(DSMレーザ)・光ファイバー製造法(VAD法) | NTT、古河電工、住友電工 | 1980年代 | 光通信網の基盤技術 |
| 80 | ポリエステル合成繊維(シルク調等) | 東レ、帝人 | 1980年代 | 高機能繊維の開発 |
| 81 | フラッシュメモリ | 東芝、舛岡富士雄 | 1987年 | データ記憶技術の革新 |
| 82 | 薄型テレビ | シャープ、ソニー、パナソニック | 1980年代後半~ | 液晶・プラズマ技術による薄型化 |
| 83 | スタチン | 三共(現第一三共)、遠藤章 | 1989年 | コレステロール低下薬として世界的に普及 |
| 84 | ハイビジョン放送 | NHK | 1989年 | 高精細映像放送の開始 |
| 85 | IHクッキングヒーター | 松下電器、三菱電機 | 1974年開発、1990年代普及 | 安全で高効率な調理器具 |
| 86 | 中空糸 | 旭化成、東洋紡 | 1960年代開発、1970年代~普及 | 人工透析、浄水器などに応用 |
この時代の意義:「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の光と影
1980年代、日本経済は絶頂期を迎えた。ウォークマン、ファミコン、ノートパソコンなど、世界市場を席巻する製品が次々と生まれた。
しかし同時に、貿易摩擦も深刻化した。日本製品の輸出規制が議論され、「ジャパン・バッシング」という言葉も生まれた。この経験は、後のグローバル展開や現地生産の戦略へとつながる。
また、この時期の技術は米国との協業・競争の中で発展した側面も大きい。半導体分野では日米半導体協定が結ばれ、技術の国際標準化においても日本企業の役割が重要になった。
3-5. 平成初期(1991年~2000年代前半):バブル崩壊とデジタル化の胎動
| No | イノベーション | 主な開発者・企業 | 実用化年代 | 概要 |
|---|---|---|---|---|
| 87 | 液晶ディスプレイ | シャープ、ソニー | 1990年代 | テレビ・モニターの主流技術に |
| 88 | リチウムイオン電池 | ソニー、吉野彰(旭化成) | 1991年 | モバイル機器・電気自動車の電源として不可欠 |
| 89 | タクロリムス | 藤沢薬品工業(現アステラス製薬) | 1993年 | 免疫抑制剤として臓器移植に貢献 |
| 90 | スーパーコンピュータ | 富士通、NEC、日立製作所 | 1990年代~ | 科学技術計算の高速化 |
| 91 | 道の駅 | 国土交通省、地方自治体 | 1993年 | 地域振興と交通安全の拠点 |
| 92 | 光触媒 | 藤嶋昭、TOTO | 1967年発見、1990年代実用化 | 環境浄化技術として多方面に応用 |
| 93 | QRコード® | デンソー、原昌宏 | 1994年 | 二次元バーコードとして物流から決済まで普及 |
| 94 | デジタルカメラ | カシオ、ソニー、キヤノン | 1995年 | 写真のデジタル化を実現 |
| 95 | DVD | ソニー、松下電器、東芝ほか | 1996年 | 大容量光学記録媒体として映像市場を拡大 |
| 96 | (第2世代の)シールド工法 | 鹿島建設、大成建設ほか | 1990年代 | 都市インフラ整備の効率化と安全性向上 |
| 97 | 非接触ICカード技術 | ソニー(FeliCa) | 1997年 | 交通系カード、電子マネーの基盤 |
| 98 | 無菌充填システム(PETボトル用) | 大日本印刷、凸版印刷 | 1990年代 | 飲料の品質保持と流通革新 |
| 99 | ドネペジル塩酸塩 | エーザイ、杉本八郎 | 1999年 | アルツハイマー型認知症治療薬 |
| 100 | 高効率石炭火力発電 | 電力会社、重電メーカー | 1990年代~ | 環境負荷低減とエネルギー効率向上 |
| 101 | 長大橋建設技術 | 本州四国連絡橋公団ほか | 1988年(瀬戸大橋)~ | 明石海峡大橋など世界最長級の吊橋技術 |
| 102 | 太陽電池セル | シャープ、京セラ、三洋電機 | 1990年代~ | 再生可能エネルギーの主力技術 |
| 103 | 多機能携帯電話(i-mode、カメラ付きなど) | NTTドコモ、シャープ、京セラ | 1999年~ | モバイルインターネットの先駆け |
| 104 | リサイクル・リユース | 産業界全体、自治体 | 1990年代~ | 循環型社会形成への取り組み |
| 105 | 携帯電話等デジタル情報暗号化技術 | NTT、三菱電機ほか | 1990年代~ | セキュアな通信の実現 |
この時代の意義:「失われた20年」の中での模索と種まき
1990年代、バブル経済が崩壊し、日本は長期不況に突入した。しかし、リチウムイオン電池、QRコード、FeliCaなど、後のスマートフォン時代やキャッシュレス社会を支える技術が、この時期に生まれている。
特に青色LEDの開発(1990年代)は、白色照明の実現によりエネルギー消費を大幅に削減し、気候変動対策という文脈でも重要な意味を持つ。2014年のノーベル物理学賞受賞は、その社会的インパクトの大きさを示している。
一方で、この時期からソフトウェア分野での遅れが顕著になり始めた。米国のGAFAに対抗できる企業が育たず、韓国・中国・台湾の半導体・電子産業の台頭も見られた。「ものづくり」では強かった日本が、「情報」の時代にどう適応するかが問われた時代でもあった。
第4章:2000年代以降と未来技術――デジタル革命と次世代エネルギー
4-1. 過去の教訓:「社会実装」の難しさ
これまで見てきた技術の多くは、発明から実用化までに長い時間を要した。
- 青色LED:基礎研究から量産化まで約30年
- リチウムイオン電池:基礎研究(1970年代)から商用化(1991年)まで約20年
- 光触媒:発見(1967年)から実用化(1990年代)まで約30年
つまり、科学的発見が社会の基盤となるには、少なくとも「一世代」の時間が必要だった。この「時間」の中には、技術的な改良だけでなく、コスト削減、法整備、社会的受容の醸成など、多様な要素が含まれている。
4-2. 2000年代以降の技術革新:「デジタル化」の波
21世紀に入り、情報技術の進化は加速度的に進んだ。
(1) スマートフォンとモバイルインターネット(2007年~)
- iPhoneの登場(2007年)により、インターネットが「持ち歩くもの」になった
- 日本ではi-mode(1999年)が先駆けだったが、グローバル市場では米国企業が主導権を握った
- 影響: SNS、動画配信、電子決済など、生活のあらゆる場面がデジタル化
(2) クラウドコンピューティング(2000年代後半~)
- データを「所有する」から「アクセスする」へ
- Google、Amazon、Microsoftなどが提供するクラウドサービスが企業・個人の業務を変革
(3) IoT(モノのインターネット)(2010年代~)
- センサーとネットワークの低価格化により、あらゆる機器がインターネットに接続
- スマート家電、ウェアラブルデバイス、産業用IoTなど多様な展開
これらの技術において、日本は「追う側」に回った。ハードウェアでは強かったが、プラットフォームやソフトウェアでは米国・中国企業に後れを取っている。
4-3. 現在進行形の次世代技術
現在、以下のような技術が「発明」から「実装」へと移行しつつある。
(1) AI(人工知能)
- 歴史:1950年代のダートマス会議で「AI」という言葉が誕生。長い停滞期を経て、2010年代のディープラーニング革命で実用化が加速。
- 現在:ChatGPTなどの生成AIが登場し、文章作成、画像生成、プログラミング支援など、幅広い分野で活用されている。
- 課題:著作権問題、偽情報の拡散、雇用への影響、アルゴリズムのバイアスなど、社会的・倫理的課題が山積。
- 可能性:医療診断、創薬、教育、芸術など、人間の創造性を補完・拡張するツールとして進化する可能性がある。
(2) 自動運転
- 歴史:1980年代から研究開始。2000年代にGoogleが本格参入し、技術が加速。
- 現在:レベル2(部分的自動運転)が普及。レベル4(特定条件下での完全自動運転)が一部地域で実証実験中。
- 課題:事故時の責任問題、法整備、インフラ整備(5G通信、デジタル地図)、倫理的判断(トロッコ問題)。
- 可能性:物流の効率化、高齢者の移動支援、交通事故の削減など、社会課題の解決に貢献する可能性がある。
(3) 核融合発電
- 歴史:1950年代から研究開始。長年にわたり研究が続けられてきたが、実用化の見通しは何度も延期されてきた。
- 現在:ITER(国際熱核融合実験炉)が建設中。民間企業(Commonwealth Fusion Systems、TAE Technologiesなど)も参入し、2030年代の実用化を目指す。
- 課題:技術的ハードル(プラズマの制御、材料の耐久性)、莫大なコスト、放射性廃棄物の処理。
- 可能性:クリーンで実質的に無尽蔵のエネルギー源として、気候変動問題の解決策となる可能性がある。
4-4. 「温故知新」の視点で未来を読む
過去の技術史から、私たちは何を学べるだろうか。
教訓1:「技術だけでは社会は変わらない」
- 新幹線は、単なる高速鉄道ではなく、「東京オリンピック(1964年)」という国家的イベントと結びついたからこそ、国民的プロジェクトとなった。
- インスタントラーメンは、「手軽さ」だけでなく、「保存性」「災害時の備蓄」という社会的ニーズに応えたからこそ普及した。
技術が社会に受け入れられるには、「時代の要請」と「人々の共感」が不可欠である。
教訓2:「失敗を許容する文化が必要」
- 日本語ワープロは、最初は数百万円する高価な機器だったが、技術革新とコスト削減により、やがて家庭に普及した。
- ハイブリッド車も、当初は「コストに見合わない」と批判されたが、環境意識の高まりとともに市場を拡大した。
イノベーションには「試行錯誤」が不可欠であり、短期的な失敗を許容する社会的土壌が求められる。
教訓3:「倫理的・社会的課題への対応が鍵」
- 原子力発電は、技術的には優れていたが、福島第一原発事故(2011年)により、社会的信頼を大きく損なった。
- 遺伝子組み換え作物も、安全性への懸念から、日本では普及が進んでいない。
技術が社会に根付くには、「安全性」「倫理性」「透明性」が不可欠である。
関連記事: 誰かの解説に頼らず、自分で一次情報を読むために
まとめ:発明を「日常」に変える力、そして「日常」を疑う力
100年の技術史が教えること
戦後日本の技術史を振り返ると、以下のような共通点が浮かび上がる。
- 基礎研究と応用研究の連携:大学の研究室で生まれた知見が、企業との協業により製品化された(内視鏡、青色LED、リチウムイオン電池など)。
- 現場の課題を解決する姿勢:技術者が「困りごと」に真摯に向き合い、実用的な解決策を生み出した(豊田佐吉の自働化、安藤百福のインスタントラーメンなど)。
- 量産化と普及のビジネスモデル:技術を「社会の常識」にするには、量産技術とマーケティングが不可欠だった(ウォークマン、ファミコン、宅急便など)。
しかし同時に、日本が直面してきた課題も忘れてはならない。
- ソフトウェア・プラットフォーム分野での遅れ
- グローバル市場における競争力の低下
これらは、「過去の栄光」に安住せず、常に変化し続けることの重要性を示している。
「科学リテラシー」の重要性
科学リテラシーとは、単に「知識を持つこと」ではない。「知識を使って判断すること」である。
- 新しい技術が登場したとき、「それは本当に必要か?」を問う力。
- 専門家の意見を鵜呑みにせず、「根拠は何か?」を確認する姿勢。
- 技術の「光と影」の両面を見据え、「どう使うべきか?」を考える視点。
過去100年の技術史は、科学技術が社会を豊かにする「道具」であると同時に、使い方を誤れば大きなリスクを生む「諸刃の剣」であることを教えてくれる。
関連記事: 人はなぜ「信じる」のか―信念形成の認知科学
参考リンク
公的機関
博物館・資料館
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科学リテラシー
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