工学部の成立史|職人の知が学問に至った経緯とその課題

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工学部を卒業してから工場に配属されると、「大学で習ったことが役に立たない」と感じる人が多いものです。それはなぜでしょうか。

その理由は、工学教育が「研究開発」を前提に設計されており、卒業生の主要な配属先である「工場の運営・管理」に必要な知識(資格・法規・品質管理・工程管理)を体系的に扱っていないからです。

本稿では、工学が18世紀の職人学校から「理学の応用」として大学に組み込まれた歴史をたどり、現代の工学部カリキュラム67科目を分析。医学部の附属病院に相当する実習環境が工学部にない構造的問題を明らかにします。

工学部とは

数学・自然科学(物理・化学など)を基礎として、
社会に役立つ技術・構造物・システムを設計・実装・運用するための学問体系

を教育・研究する学部が工学部なのです。理学部とは似て非なる学部です。

理学部は自然法則の解明(Why)が目的であり、工学部は自然法則の利用と社会実装(How)が目的です。

「就職・資格・実務寄与」では強みがある一方で、入り口の数学・物理の段階で躓く学生も多い。

 目的・学習感覚・負担感が異なり、「わかりにくさ」や「途中変更/離脱」が比較的起こりやすい。


工学部成立の歴史

12〜13世紀:大学の誕生

年代出来事大学の性格工学の位置
1088頃ボローニャ大学法学中心大学外
1200頃パリ大学神学中心大学外
13世紀オックスフォード、ケンブリッジ自由学芸+神学大学外

神学、法学、哲学、医学などを学ぶ場が大学であり、職人を養成するのは主に徒弟制度でした。


18世紀:工学教育の制度化(啓蒙・革命期)

年代出来事特徴工学の性格
1747エコール・デ・ポン・ゼ・ショセ土木官僚養成国家工学
1794エコール・ポリテクニーク数学+物理理論工学
18世紀後半鉱山学校の整備資源開発実務重視

工学教育制度の源流は「大学」ではなく専門学校でした。学問としての正統性は理学にありました。

19世紀前半:工科大学の成立

年代出来事特徴意味
1824レンセラー工科大学(米)
1847チューリッヒ工科大学(ETH)
1861マサチューセッツ工科大学(米)
1862モリル法(米)実学重視大学全米に州立大。農業と工業を重点。
1877東京大学創立工部大学校統合日本型工学部
19世紀末電気・機械工学新産業工学の細分化

工学は「理学の応用」として学問として認められ始めます。欧米において工科大学が成立しはじめます。ただし、工科大学は大学よりも微妙に格が低かったようです。

そして日本は総合大学の中に、工学部を理学部と並列で設置しました。これは、工学教育を総合大学の中核とした初期の例となります。つまり、総合大学のなかで歴史が浅い学部なのです。


工学部の骨格

工学部は主に、機械工学、電気工学、化学工学、土木工学に大別され、さらに派生細分化した学科を持っていました。

近年は、「工学部 ○○学科(単一学科)」複数の領域・コース・プログラムという形をとる場合が多いです。

このが単一学科化の理由は下記があげられます。

  • 技術の融合・高度化
  • 境界領域の拡大
  • 教育の柔軟化
  • 学生の進路多様化

しかしながら、工学部の陣容には大きな違いはありません。

基礎分野

高校数学・理科
   ↓
大学基礎数学
  ・微分積分
  ・線形代数
  ・微分方程式
   ↓
基礎自然科学
  ・力学
  ・電磁気
  ・熱力学
  ・化学
   ↓
工学専門

専門分野

機械系

  • 材料力学
  • 流体力学
  • 熱力学
  • 機械力学
    + 制御・設計・生産

電気・電子系

  • 電磁気学
  • 回路理論
  • 電子回路
  • 半導体
    + 電力・通信・計測・情報

化学系

  • 物理化学
  • 有機化学
  • 無機化学
  • 分析化学

土木・建設系

  • 構造力学
  • 地盤工学
  • 水理学
  • 測量
    + 防災・都市・環境インフラ

工学部カリキュラム(日本で最も小さい工学部を例に)

  • 区分:◎必修/○選択必修(推測)/△選択(推測)
  • 「基礎となる科目」はスパイラル構造に基づく学習上の前提

No科目名分野区分基礎となる科目・関連の強い科目
1情報リテラシー基礎高校情報
2現代工学概論共通高校理科全般
3工学リテラシー共通高校理科・数学
4微分積分学基礎数学III
5線形代数基礎数学C(ベクトル)
6ベクトル解析基礎微分積分学・線形代数
7解析(級数・複素関数)基礎微分積分学
8常微分方程式基礎微分積分学
9偏微分方程式基礎微分積分学・解析
10確率・統計基礎数学B
11フーリエ解析基礎解析・線形代数
12力学基礎物理(力学)
13電磁気学基礎物理(電磁気)
14化学基礎化学基礎・化学
15熱力学基礎物理(熱)
16流体基礎機械力学
17材料力学基礎機械力学
18材料力学機械材料力学基礎
19応用熱力学機械熱力学
20機構学機械力学
21機械振動学機械機構学・力学
22伝熱工学機械熱力学
23流体解析機械流体基礎・偏微分方程式
24流体応用機械流体基礎
25弾塑性力学機械材料力学
26トライボロジー機械材料力学
27金属材料工学機械化学・材料力学
28加工プロセス工学機械金属材料工学
29機械加工学機械加工プロセス工学
30図学と製図機械空間認識
31CAD基礎機械図学と製図
32設計情報工学機械CAD基礎・プログラミング
33メカトロニクス機械制御工学基礎
34光学物質電磁気学
35量子力学物質力学
36統計力学物質熱力学・確率統計
37量子材料工学基礎物質量子力学
38物性工学物質統計力学
39物質の電磁気学物質電磁気学
40有機化学物質化学
41無機化学物質化学
42分析科学物質化学
43高分子科学物質有機化学
44生物工学物質有機化学・分析
45半導体量子構造物性物質物性工学
46磁気工学物質物質の電磁気学
47表面・界面科学物質化学
48プログラミング技法電子高校情報
49アルゴリズムとデータ構造電子プログラミング
50離散数学電子線形代数
51制御工学基礎電子常微分方程式・線形代数
52電気回路工学電子電磁気学
53電子回路工学電子電気回路工学
54ディジタル論理回路電子電気回路工学
55コンピュータアーキテクチャ電子論理回路
56情報理論電子確率・統計
57現代制御理論電子制御工学基礎
58電気工学電子電気回路工学
59半導体デバイス工学電子電子回路・物質の電磁気
60信号処理電子フーリエ解析
61人工知能電子プログラミング・確率統計
62数値計算法共通微分積分・線形代数
63システム工学共通数値計算法
64品質管理工学共通確率・統計
65経営管理工学共通
66トヨタ生産方式概論共通品質管理工学
67国際標準化戦略論共通

どこの大学も科目はほとんど変わりません。ただし“講義の濃さ”と“整理のされ方”には差があるかもしれませんが。


工学教育と工場の実態のミスマッチ

工学部の教員のほとんどは学術畑で、工場の運営について知るものはほとんどいません。研究開発に配属されるならこれでもいいのかもしれませんが、実際には工場に配属されるものも多くいます。そして、生産技術、品質の職種を就職活動段階では解像度高く知ることはありませんし、実際に工場で配属されてからOJTでの教育となります。

資格・法規・規格教育の欠如

現場で必須大学での扱い
労働安全衛生法原則未教育
各種主任者資格対象外
ISO・JIS未履修
環境・品質規制断片的

工場はこうして社会を支えている ― 7つの柱で読み解く工場システムの全体像

技術系・医療系の国家資格を根拠法と受験条項をまとめてみた

「消費者の安全」を守る仕組みにはどのような資格・法律・インフラが関わっているのだろうか


まとめ

工学部の授業内容は要素技術が多く、研究開発に配属されることに主眼をおいており技術が社会の中でどのような条件のもとに運用されているかを学ぶ機会が乏しいのです。

卒業後の主要な配属先である工場の管理、運営で必須となる資格や法規、規格、品質管理、工程管理といった領域を体系的に扱っていないのです。この点で、臨床実習と附属病院を中核に据える医学部教育とは制度設計が大きく異なっていると思われます。

項目医学部工学部
附属施設病院加工場
実習必修限定的
資格国家資格なし
法・倫理中核周辺

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